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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #35

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「行け!」
 晶也が行けって言っているから行かないと。あたしは晶也を助けるって約束したんだ。まだ、飛べる。飛べるんだ。あたしの為だけじゃなくて、晶也のためにだって飛ぶ。体にまだ力は残ってるはずだ。
「ほら、がんばれ! まだまだできるだろ!」
「れきりゅ!」
 らりるれろ、がうまく言えない。疲れるとこうなるんだ。知らなかったな。
 行かないと、飛ばないと。もう体は動かないって何度も思ったけど、行け、って晶也に言われたら行けるんだから不思議。疲れの限界が見えない。もうダメだって思ってるのにまだ飛べるんだから、体って不思議だ。体って心に嘘をずっとついてる。
「ブイにタッチして加速だ! 返事は!」
「はひぃ!」
 あたしはブイに向かう。うまく体が動かなくて、さっきからブイに何度も弾かれてる。今度はうまくやりたいなって考えているけど、ちゃんと考えられない。心の限界が来ちゃったのかな? ちゃんと考えながら練習しないとダメだってわかってるけど今は体だけでいい。心がダメで、体もダメでって、そこまでやりたい。止まらない!
 体だ。今のあたしは体だ。あたしは心なんかじゃなくて、あたしは体なんだ。あたしは体なんだからもう嘘はない。
 ブイに向かって、腕を伸ばす。タッチの反動で、ぐん、とスムーズに加速する。
 満点の星が流れたように見えた。
「……あれ?」
 あー、今のはよかった。どうしてかわからないけど、うまく飛べた気がする。
「ぼーっとすんな! ローヨーヨーだ!」
 晶也の指示を聞いてから、急降下しないと、って考えて飛んでた。だけど今は心がダウンしちゃってるから、体がそのまま……一度、心を経由せずに、晶也の指示をそのまま体に伝わって……。だから、その直接? そのままの体で、そのまま、飛んだ。
 飛んでる! あれ? あたし! 今までと違う! これは、違う! 違うんだ!
「みさき……」
 晶也の声が微かに震えた。そこに嬉しさの粒子が混じってる。
 飛んでる。背面飛行ができてる。体が覚えた!
「晶也、飛んでる! あたし、飛んでる! 考えなくても体が動いてる!」
「それでいいんだ。FC頭が必要なのは、全体を見渡す時。体を動かす時は真っ白でもいいんだ」
 そっか、これでいいんだ。今なら、望む方向に、流れるように行ける。
「どうして……急に。あはっ。あははははは」
 倒れてた心が立ち上がる。こんなの嬉しくてじっとしてられなくて当然。
「そういうことあるんだよ。掴んだんだよ、みさきは……」
「掴んだ……」
「うん。掴んだんだ」
 歓喜で体が膨らんだ気がした。爆発しちゃいそう!
「あはっ、あははははははは! やったー! そうなんだ! こういうことあるんだ! やった! 凄い! 凄いよね、あたし!」
「凄いよ。みさきは凄い。天才だよ」
「天才とな!」
「今だけはな」
「あはははは、今だけでも嬉しいな〜」
「お疲れ様。よくやったよ、みさき。戻って来い」
「ダメ。今、やめたらコツを離しちゃいそうな気がして恐いから、もう少し飛ぶ」
「そういうことなら納得するまで飛べばいい」
 あたしは次のブイを目指して加速する。わかる。うまく言葉にできないけど、どういう角度でどういうタイミングで体を動かせばいいのか、体が理解してる。凄い! あたしは絶対に手放さない! 掴んで、離さない!
 これで……。試合ができる。乾さんと明日香とやれる。そこまで、行ける! 勝つとか負けるとか、そういうことを真っ正面から考えることができる場所に! あたしは!
 フィールドに体が広がって溶けてしまいそうな気がした。