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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #13

第二章・あたしがいるということ。心が望むこと。努力。

1

指定された海岸に時間通りに到着。先に来ていた晶也はあたしを見るなり言う。
「砂浜ダッシュから始めるからな」
「うへ〜〜〜」
 この男は昨日の甘い余韻に浸らずに、練習に入るつもりだ。望むところだけどさ〜、落とし落とされの仲なんだから、もっと優しい言葉から入ってもいいと思う。
 明日香や真白とは一緒に練習せずに、部を二つに割ってあたしと二人っきりで練習することにするそうだ。明日香や真白には申し訳ないけど、そっちの方がいい。今のあたしは明日香と一緒に練習できる精神状態じゃないから。
「みさきはずっと練習をさぼってたからな。体を締めるとこから始める。もともとスタミナ不足気味だからな。そこも鍛える」
「うあ〜〜〜。地味な練習だぁ。あたしそういうの向いてないと思うんだよね」
「向いてなくてもやるんだ。まずは100メートルダッシュを5本。砂浜は負荷がかかるから鍛えるのに向いてるし、砂がクッションになるから足腰へのダメージも軽減できる」
「負荷がかかるって軽く言ってくれちゃってますけど、それって大変ってことだよね」
「大変だからやるんだ」
「さらっとそんなこと言って……。わーかりました。やりますよー」
「んじゃ、俺は100メートル向こうに行くから、合図したら全力疾走だ」
 あたし達の再スタートは、ここから始まった。

「うわわわぁぁぁっ!」
 自分に気合を入れてから、2本目の200メートルダッシュを開始。100メートルダッシュを5本やったら、走る練習は終わりかと少し期待したけど……3分休憩してから、今度は200メートルダッシュを5本だと告げられた。
「もっと膝を高く上げろ。スピードが落ちてるぞ!」
 言われた通り、胸に届くんじゃないかってくらい膝を高く上げる。砂浜だと地面の反動がないから、いつもより膝を高く上げないとスピードが出ないのだ。
「あきらめるな、あきらめるな、そのまま最後まで行け!」
「ンンンンンンッ!」
 最後は呼吸を止めて、砂浜に引いたゴール線を踏む。
「ぷはっ! はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
 ぎゅっと目をつぶって顎を上げる。息が苦しい。体が熱い。もう動きたくない。
「立ち止まるな。ゆっくりでいいから動き続けるんだ。そうした方が疲れはたまらないからな。つらくても小走りでスタート地点まで戻るんだ」
 動き続けた方がトレーニングは効率的にできるって、いろいろと科学的に説明してもらったけど、そんなことはどうでもいい! あたしは今、動きたくないんだ! しんどい!
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
 足腰がつらいのは我慢できるけど、呼吸が厳しい。胸が苦しい。
「はあっ、はあっ……ンッ。こんな過酷なアップってある? 最初からこんなに飛ばしてたらもたないと思うんだけど?」
「アップだと思ってたのか? 言っておくけど今日は飛ばないぞ」
「ひへ? 今なんと言いましたか? FCの練習で飛ばないと!?」
「今日は飛ばないし、明日も飛ばない。明後日も飛ばない。ずっと砂浜ダッシュだ」
「鬼すぎる! その言葉責めだけで吐く。体も心も責められてるのに全然楽しくない!」
「責められて楽しくないのは当然だ」
「……んふっ。まー、そこは、ね? 人それぞれというか〜」
「わかるでしょ? みたいな顔するな。どうせ吐くなら、走って吐けよ」
「運動中の嘔吐を推奨された! 鬼畜がここに極まった!」
「ごちゃごちゃ言わずに歩け。そんな風に喋れるなら、嘔吐はまだまだ遠いぞ」
「うああああぁ〜〜〜っ! やめます! あなたにはついていけない!」
「やめられてたまるか! つらいことする覚悟はできてるんだろ!」
「そこに走るは含まれてなかった!」
「勝手に除くな。全てのスポーツの基本だ」
「つらいよ〜。つらいよ〜。晶也は悪魔だ! 鬼だ! ……え?」
 晶也は無造作にあたしの手を握って引っ張り始めた。
「歩け。じっとしていると筋肉痛がひどくなるぞ」
「もっとすることあるんじゃない? もう何日も飛んでないんだから、早く飛んで勘を取り戻さないと。今頃みんな高藤の施設で飛び回ってるのに砂浜を走るって。これってあたしの根性を鍛えてるわけ? 根性論? 精神論?」
「精神を鍛えてるつもりはない。秋の大会の決勝で明日香や乾と当たったらどうする?」
「どうするって、心構えの話?」
「だから、精神の話じゃないって。体の話」
「……あたしの体? セクシーだって話?」
「このタイミングでみさきのセクシーさについて語るわけないだろ」
「んじゃさ、コーチと選手じゃない時にあたしが全裸だったら……」
「話を長くして休憩時間を増やそうとしてるな?」
「うっ……。おっしゃる意味がよくわかりませんが〜」
 晶也は短くため息をついて、言い聞かせるように言う。
「今のまま明日香と決勝で当たったら100%負けるぞ」
「……っ。明日香とあたしには、もうそんな実力差があるの?」
「違う。相手が乾でも佐藤院さんでも市ノ瀬でも負ける。今のみさきで決勝まで行けたとしても、体はボロボロで、ファーストラインを飛ぶだけで息が上がって負ける。自分のスタミナのなさは理解してるだろ? しかも夏の大会が終わってからずっと練習してなかったんだ。さらに落ちてる」
 淡々とした口調だった。
「……そうだね。言っていることわかるよ」
「出したい場面で全力を出せなかったら、つらいぞ。だから、体を引き締めて、心肺機能を上げて、余計な肉を減らす。そこから始めないとダメなんだ」
 素直に頷くしかない。
「今はやることをやる前の段階。それをやらないと、みさきはどこにも届かないままだ」
「わかった。はー。がんばりますよ〜」
「体に負荷をかける練習だから、きついとは思うけど……」
「もう帰るとか逃げるとか言い出さないから大丈夫。だからさ、今日のメニューを教えてよ。心構えしておきたいから」
「100メートルダッシュ×5。インターバル。200メートルダッシュ×5。これで1セット。まずはこれを3セット」
 ひぇっ!
「帰る! 絶対に確実に帰宅させていただきます!」
「言わないって約束した直後に裏切んな!」
「殺しにかかってる! 死んでる自分がまざまざと見えた!」
「いいからとっとと走れ。全力ダッシュだからな」
「さっきからこんなにもひどく責められてるのに、どうして少しも楽しくないの!?」
「そんな冗談を言っている余裕があるなら走れ!」
「う〜〜〜。よし! 覚悟決めた。今度こそ本物だから!」
 顔を洗うように両頬を軽く叩き、小走りでスタート位置に向かう。ゴールまで走って戻った晶也が右手を挙げた。
「じゃ、行くぞ! スタート!」
 ぐん、と膝を高く上げて、砂を蹴り上げて走り出す。
 こうなったら徹底的に痛めつけられてやろうじゃない!