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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #9

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 あたしは西日を遮っていたカーテンを開けて、窓を大きく開く。海風が髪を大きく揺らした。外はオレンジ色の鮮やかな夕焼け。
「もう夕方になってたんだね」
 いつもより饒舌に、口が動くままにどうでもいいこと話しているうちに、こんな時間になってしまった。冷静になるとちょっと恥ずかしい。これじゃ、晶也に久しぶりにかまってもらったから喜んでるみたいだ。あたしは晶也の犬じゃないんだからさ、もう。
 クラスメイト達は、帰宅するか部活に行くかしてしまったので教室に二人だけ。グラウンドの方から金属バッドでボールを叩く甲高い音。あたしは身を乗り出して外を見る。
「金属バットでボールを叩く音って変に寂しくてさ、遠くから聞こえる気がしない?」
「なんとなくわかる気がするよ」
 実物は聞いたことないけど、ししおどしの効果に近いかも。寂しいな、って思う。
「世界から取り残されたような気がする音だと思うんだよね〜」
「世界って、規模がでかい妄想だな」
「にひひ〜。気づいてないうちに二人だけの世界になってたりしてね。あたし達がバカ話をしている間にみんなどこかに消えてしまったのかも」
「あんまり楽しい設定じゃないな」
「楽観的に行こうよ。二人だけの世界。二人だけの惑星だからね〜。どうする? とりあえず、子供を二人くらい作って育てる?」
「いきなり凄いとこに来たな」
「二人だけになったらそのくらいしかすることないでしょ?」
「水と食料を求めてサバイバル生活しなきゃいけないのに、そんな余裕あるか?」
「いや、真剣に考えられても困るんだけどね」
 まー……。晶也とならエッチなことできるかなって思う。そういうことしたことないけどさ……。なんていうか、そういう感覚? してもいいかな、って気持ちはある。いや、本当にするしないは別の話として、だ。
 あたしは外を見て軽く深呼吸する。
「夏休み、どうするの?」
 晶也はあたしに近づいて、同じように窓の外を見た。
「どうするかな……」
「部に行かないんだからヒマなんじゃないの? どう? あたし達、付き合っちゃう?」
 晶也は苦笑する。冗談だってわかってもらえたみたいで安心する。際どいといえば、際どい言い方だったから……。いや、冗談だと思ってもらえなくても、それはそれでいいんだけどね。晶也と話していて心が軽くなったから、そういうことになってもいいような気がする。どうせ付き合うなら、こうやって楽しく話せる相手がいいし……。
「ゲーセンでダンスゲームするのに忙しいんじゃないのか?」
「あーあれ? 超最高難易度の曲でもノーミスできるようになっちゃったんだよね〜」
「相変わらず反射神経は抜群だな……。前から聞こうと思ってたんだけど、みさきはいつからFCをやってたんだ? こっちに引っ越してくる前にやってたんだよな?」
 反射神経って言葉からFCのことを思い出したっぽい。あたしは軽く頬を膨らませる。
「FCの話はしないんじゃなかったの?」
「このくらいはいいだろ」
「前の学園の二年の夏までしてた。こっちに引っ越してきたのをきっかけに、やめちゃったから」
「前の学園って永崎市内だったよな? 成績はどうだったんだ?」
「一回だけ偶然準優勝したことがあるけど、それだけ」
「それだけ?」
 晶也は不思議そうに聞き返した。
「だから、それだけだって。他は、三回戦とか準決勝で負けてた」
「四島はレベルが高いから話は別だけど、他の地域でなら優勝してもおかしくない実力はあるだろ。嘘をついてないか?」
「ついてない、ついてない。あたしなんかそんなもんだってば」
「いや、でも二年のブランクがあってあれだけ飛べるのに、その結果は変だって」
「晶也の指導がよかったんじゃない? なんか体に馴染む感じがしたもん。晶也が理想としている場所がわかるっていうのかな。晶也とあたしって似てるとこあるんじゃない?」
 最初はちょっと抵抗あったけど、試合中の指示をすんなりと受け入れることができた。前の学園の時は、セコンドと意見が違ったりすること多かったもんなー。
「みさきはどうしてFCを始めたんだ? 今回は明日香や俺との関係で入ったんだろうけど、部活をやるタイプじゃないだろ?」
「……ん〜。とにかく、まだ永崎に住んでた頃。親の都合で夏休みはおばあちゃんの家に預けられて四島にいたんだ。その時にFCをやってる同い年くらいの女の子を見て、あたしも飛びたいって思って、お願いしてプレイさせてもらったんだ」
「四島でFCをやってる女の子か……」
「素人だったあたしが見ても飛行姿勢が綺麗でさ〜。ああいう風に飛んでみたいなー、と思った。だから永崎に戻ってからFC部に入ることにしたんだ」
「そんなに綺麗に飛ぶ奴だったんだ」
「うん。髪がたなびいて、ギリギリの前傾姿勢で……。方向転換もスムーズで、イルカが空を飛んだらあんな感じかなって思った。アレは誰だったのかな? かっこいい女の子でさ〜。試合をしてもらったんだけど、向こうは玄人であたしは素人だからイライラしたのかな? 途中で急に怒ってどっか行っちゃって」
「なんだそれ?」
「あたしが下手だからキレちゃったんだと思う。凄く綺麗な飛び方だからずっと横で見てたかったんだけど……。もっと一緒に飛びたかったにゃ〜」
「みさきはその女の子みたいに飛びたかったのか?」
「だね。今は結構……どうでもいいかな」
 FCに未練があるみたいに思われたら嫌だから、そう言っておく。
「そっか……」
「あの女の子を怒らせちゃったのは今も微かに密かに心の傷。あたしがもっと上手だったら、もっと楽しく飛んでられたんだろうになー」
 気づいたら晶也の顔が曇っていた。窓枠に手を置いて、苦しそうにうつむいた。
「どうかした?」
「いや、えっと……」
 晶也は言い訳するみたいに口ごもった。
「急に具合悪くなった? こんな時間に保健室は閉まってるよね。職員室に保健の先生がいるか確認してこようか?」
「いや、そういうのじゃないから心配しなくていい」
 そう言ってから、晶也はあたしの顔を真っ正面からじっと見た。え? 目が恐いんですけど……。ただごとじゃない雰囲気。見られているだけなのに、急速に喉が渇いていく。
「ど、ど、ど、どうしたの?」
 緊張で閉じそうになった気管をこじ開けるようにして言った。