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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #11

「俺はみさきを見て挫折して、みさきは明日香を見て挫折したんだな」
 ……その言い方、気に食わないし、認めたくない。だけど、心が滅茶苦茶すぎて、抵抗する余裕がない。でも、そうだ。あたし……明日香を見て、FCをやめたくなったんだ。明日香が凄すぎて、あたしは明日香みたいになれないってわかって……。だから!
 心が走り出す。なんで、こんな時に明日香のこと考えてるの?
 あたしの方が強かったのに! あたしが明日香にFCを教えたのに! それなのに、明日香に負けるなんて──そんな現実、見たくない! それに、それに! 真藤さんが卑怯な方法で負けたのに、それを笑顔で見ていた明日香と同じ場所にいたくない。
 晶也が大きく息を吸う。
「何て言うか、その……………………俺を!!」
 ッ! 急に出した大きな声で、あたしの全身を叩いた。
「な、なに?」
「俺を──俺を挫折させた責任を取ってもらうぞ」
 ごめん、ちょっと待って。意味が分からない。晶也を挫折させた責任?
「……責任って。あ、体で、とか? そっか〜、それが目当てか〜。晶也のえっち」
「まぜっかえすなよ。俺を挫折させたんだ。俺を挫折させたみさきまで挫折したら、俺は二度挫折したことになるだろ」
「そんなこと言われても……」
「みさきが挫折したままなのを見たくないんだ。だからFCを続けて欲しい」
 晶也は拳を震わせて言った。
「晶也? あたしはFCをやめるんだよ」
「俺はみさきを挫折したままにしておけない、って言ってるんだ」
「大げさだってば。あたしは別に挫折なんか……」
「してるだろ! 明日香を見て! 明日香に劣等感を抱いて! 明日香に負けたくないから、明日香に負けるのが恐いから! だから、こうなってるんだろう」
 そこまでずけずけと言われたら、頭にくる。
「こうなってるってどういうこと!」
「挫折して、FCをやめるとか言い出したってことだよ。そんなの俺と一緒だ! みさきに劣等感を抱いて、飛べなくなった俺と一緒だ!」
「勝手に一緒にしないで!」
「一緒だ! 現実を否定しないと一歩も動けないんだろ? 俺はそういう気持ちを忘れてたのに、忘れたままでどうにかなってたのに!」
 晶也に噛みつかれるんじゃないかと思った。恐い。
「みさきにそんな姿を見せられたら、俺まで一歩も動けなくなってしまうだろ!」
 あたしは勇気を出して晶也に向かって一歩、踏み出した。
「何それ? じゃ、こういうこと? 晶也のためにFCをしなきゃいけないわけ?」
「そうだよ」
 はい? ……一瞬で気が抜けた。
 自分のためにやれとか、そういうことじゃなくてみさきのためを思ってとか……そういうことを言われるかと思ってた。躊躇わずに肯定されると思ってもみなかった。
 晶也のために、あたしがFCを続けるって……そんな。
「あははは、ハッキリ言われると思わなかったな。そんなことを理由に、あたしがFCをすると思う?」
「俺は動けなくなりたくないし、動けなくなるみさきを見たくない。それだけのことだ」
「そんなことを言うなら、晶也が復活すればいい。晶也の都合にあたしを巻き込むな」
 あたしは、もう勝ったりとか負けたりとか、そういうのはいいんだ!
「みさきが挫折してるのに、俺が復活して何の意味があるんだ。みさきが復活するんだ。そうしてくれないと俺……」
 晶也が嗚咽をかみ殺すような声で続けて言う。
「俺──悔しくて、死にそうな気持ちになる」
「……っ! だ、だから、そんなこと言われても」
「みさきだってそういう気持ちなはずだ」
「決め付けないで!」
「わかるんだよ。俺はみさきと一緒だからな」
 ……っ! あたしと、晶也が一緒?
「死にそうなほど悔しいから、現実を直視できないんだろ?」
 ゾンッ、とスコップで心をえぐられたような気がした。
「か、勝手なこと言わないで! あたしはそんなんじゃ……」
「嘘をつくな。悔しくないなんて言わせないぞ。劣等感で体中がパンパンなんだろう?」
「…………くっ。ううう……。う〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「俺は本当のことしか言ってないぞ。だからみさきも本当のことを言ってくれ」
 本当のこと……。本当のことって……。本当のことって! そんなのあたしだって言いたい。胸の中の全部を吐き出せてしまえたら、って思う。だけど、そんなことしたら。自分が抱えている気持ちと正面から向き合ったりしちゃったら、自分がどうなるのか想像することだってできない!
「わかんない! こんな気持ち初めてだから! どうしたらいいのかわかんないから、だから──」
「だから、それが死にたいほど悔しいって気持ちなんだ」
「そうかもしれないけど、だったらなんなの? あたしは……ううぅぅ! ……だって、無理じゃない!」
「何が無理なんだ?」
「明日香に勝つこと! 見てる世界が違う。明日香が遠くを見てるってことくらい、あたしにもわかる。だけど──」
 心にドロドロした何かが溜まってるんだ。お腹の底にドロドロした汚くて、臭くて、直視できない気持ちがあるんだ。明日香が佐藤院さんに負ければいいと思っていた時の気持ちだ。その気持ちがどこかに流れていくならそれでいい。爆発してくれるならそれでもいい。だけど、ただ溜まっていくだけでどこにも行かない。目をそらすだけで精一杯。
「あたしは明日香が何を見てるのかもわからない。真藤さんが負けていく空を見て、あたしは笑えない!」
 自分で言って、言葉になって、ようやくわかった。あたしは笑えない。
 ──それが才能の差なのかもしれない。感性の差なのかもしれない。どちらだとしてもあたしは遠くに行けなくて、明日香は遠くまで行ける。
「……あたしの手は、明日香に届かない」
「そんなもん届けてみないとわかんないだろ」
「あたしがわかってることを晶也に変えることはできない。それにあたしは、別に明日香に勝ちたいからFCをしているわけじゃないし……。あたしはただ……その──」
 段々、自分でも何を言いたいのか、何を考えてるのか、わからなくなってくる。
「明日香に置いてかれるのは悔しいよ? だけどそれだけじゃなくて……そんなことじゃなくて。あたしの問題だから、その……苦しくて、えっと……」
「やめろって。そういうのって言葉にできないだろ。言葉にできてちゃんと考えることができてたら、そんなに悩まないよ」
 反論しようと口を開くけど、言葉が出てこない。
「わかんなくて当然なんだよ。俺にだってどうしてこんな面倒な感情があるのかわかんないんだ。頭でわかんないんだったら、体を動かせよ。俺がみさきを届けるから。絶対に届けてみせるから」
 ──晶也が、あたしを届ける?