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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #15

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晶也は床に胡坐をかいて座る。前にも晶也が家に来たことあったけど……。そわそわする。男の子が自分の部屋にいるなんて異常事態だもん。部屋は適度に片付いてない状態だけど、晶也はそういうこと気にしないと思う。……というかそうであって欲しい。
 部屋に入れる前に綺麗にしようかと思ったけど、晶也を意識しているみたいで恥ずかしいから止めておいた。
「シトーくんを二つ持ってきたんだけど、みさきも持ってたんだったな」
「晶也だと思って大事にしてた〜」
 前にゲーセンで晶也に取ってもらったのだ。
 あたしは握ったシトーくんを晶也に向ける。
「こんにちは、晶也くん」
 晶也は逡巡してから、あたしにシトーくんを向けた。
「こんにちは、みさきちゃん。元気ですか?」
「メンタル面以外は元気です!」
「……病は気からですから気をつけてください」
「落ち込んではいるんだけど、ご飯はもりもり食べれちゃうし、よく寝れるんだ。体は快調だけど心は沈みっぱなしだよ」
 実際あたしはそんな状態。心がぐちゃってても、おばあちゃんの作るご飯はおいしい。
「陰鬱な話にするな。これを使ってFC頭を鍛える。FCをシミュレートするんだ」
 晶也はシトーくんを水平に動かしたり、くるっと回転させたりして見せた。
「こうやって動かして、シトーくんとシトーくんで戦う」
「ふ〜ん。なんだか間抜けだねー。おこちゃまの遊びみたいだ〜」
 晶也は挑発するみたいに鼻で笑う。
「みさきはおこちゃまみたいなもんだろ」
「こんな胸の大きなおこちゃまがいてたまるかー!」
「自分でそういうことを言うな! 精神年齢の話だ! シトーくんを使って、FCの試合をして、こういう時はこう動くというのをシミュレートするんだ」
「実際に飛んで練習するんじゃダメなの?」
「ダメ。みさきは誰が相手でも直感で勝負するとこあるだろ」
「ちゃんと考えてるってば」
「考えてるかもしれないけど、みんなはもっと考えてるんだ」
 ……え? ぴり、と針で心臓を突かれたような痛みが走った。
「みさきは瞬間瞬間の判断だけで勝てるから、練習でもそれをやるだろう?」
「ドッグファイトを直感以外でどうしろと?」
 近距離で相手の背中を求めて動き回るのだ。考えている間に局面は変わってしまう。
「ドッグファイトに入った時のみさきの判断力は信じてる。みさきが鍛えないといけないのは、試合全体を見渡す力なんだ」
「……試合全体」
「フィールドを支配する。対戦相手を支配する。そういう動きが必要なんだ」
 真藤さんと乾さんの試合と明日香と佐藤院さんの試合が脳裏を過る。真藤さんと佐藤院さんは、動きづらそうに試合をしていた。きっと、あれが支配する動きなんだ。
 それは、あたしが卑怯だと思っている展開。あんなのFCじゃないと思ってる試合。
「……支配っていうのは、乾さんや明日香がやってた試合展開ってこと?」
「それに限らず全体を見る能力は、どんな試合でも大切だ。乾や明日香がやっていた試合展開ではもっと大切になるだろうけどな。飛んだらどうしても直感に頼るだろ? この練習なら落ち着いて考えることができる」
「でもさ、そういうのってセコンドの晶也が理解してればいいんじゃないの? あたしは指示通りに飛ぶよ」
「同じ考えを共有してないとダメだ。試合の最中に事細かに説明できないだろ」
「まー、それはそうだろうけどさ〜」
「セコンドの意見に耳を傾けすぎると、相手への集中力が途切れることもあるしな。それに、選手にしか見えないものってあるだろ」
「それはわかる。フィールドの中の雰囲気ってあるよね」
「これはセコンドが言うことじゃないんだけど……。セコンドの指示に従ってもらわないと困る。でも決断するのは選手なんだ」
「……決断、か」
「どう飛ぶかを決めるのはみさきだ。そのためにもFC頭を鍛える必要がある」
「わかりました。晶也がそこまで情熱的に言うなら、やります」
 晶也が部屋を見回す。箪笥を開けられたりしない限り、見られて困るものはないんだけど、ちょっとだけ不安。
「えーと、蛍光灯のヒモがファーストブイで、本棚のここがセカンドブイで押入れの取っ手がサードブイで、壁のシミがフォースブイだ」
「なんかすごいことになってきたな〜」
 部屋の中にフィールドができてしまった。
「みさきのシトーくんはみさきだ。俺のシトーくんは乾だ。まずはそれでやる」
「なるほどね。……乾さんをぶっちぎっちゃってもいいんだよね?」
「そのつもりでやってみろ。じゃ、ファーストブイに立って」
 あたしはピコピコとシトーくんを動かして、晶也の持ってるシトーくんにぶつけた。
「え〜い。乾さんの胸にターッチ!」
「真面目にやれ!」
「真面目にタッチしたもん」
「真面目にやったんだったら、乾に会ったら同じことしろよ!」
「いいよ、するよ! するから、あたしがタッチしたら晶也も同じことして!」
「どうして二人で乾の胸にさわんなきゃいけないんだよ。会場から追い出されるぞ」
「そういう終わりでもあたしは後悔しない!」
「しろ! ……いいか? 始めるぞ」
 晶也が真剣に言ったので、あたしも頬を引き締める。軽く冗談を言っておかないと、真剣にやるタイミングが掴めなかったのだ。
「いつでもどうぞ」
「スタート」
「よし! あたしはいつも通り、本棚にショートカットする」
「本棚へショートカットするのは初めてだろ。わかりづらくなるから、普通にセカンドラインって言ってくれ」
「はいはい。あたしはセカンドラインへ、びゅーん」
 短いスキップで本棚と押入れの取っ手を結ぶラインへ向かう。
「俺はファーストラインを真っ直ぐ行って……。セカンドブイにタッチで1点目。ブイにふれた反動を利用して急上昇」
 あたしはセカンドラインの真ん中くらいで、シトーくんを回転させる。
「あたしは乾さんを見上げて旋回しながら待ちます」
「セカンドラインの高い位置を飛びます」
「それに合わせて飛びながら急上昇! ドッグファイトを下から挑む」
「乾はそれに応える」
「えいえいえい!」
「やーやー!」
 あたしに合わせて晶也がシトーくんをピコピコと動かすのを見て不安になってきた。
「……大丈夫? これFC頭鍛えられてる?」