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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #31

覆面選手と練習中に、晶也に降りてこいと言われた。声に張り詰めたものが混じっていたので気を引き締めて降下する。一体何があったんだろう?
「とりあえずこれを見てくれないか?」
 降りたあたしにそう言って晶也が出したホワイトボードには、飛行中らしい二人の絵が描いてあった。部長がそれを指さして言う。
「上が乾で下が鳶沢だ」
「……あたしの手足がボキボキですね」
 関節があらぬ方向に曲がっている。
「覆面に倒されて死ぬがよい状態になった近未来の姿……そういうことだ」
「なんてむごい!」
 晶也は呆れたようにホワイトボードを指先でとんとんと叩く。
「関節が外れているわけじゃなく、背面飛行してるみさきだ。どう思う?」
「どう思うって漠然と言われても……」
 白瀬さんは小首を傾げる。
「実は全員漠然としてるんだけど、背面飛行が答えになるかもって、予感はあってね」
「背面飛行が答え? 晶也、それってどういうこと?」
「えーっと……。仮にだぞ。背面で普通と同じ飛行ができるとしたらどうだ?」
「……背面で同じ」
 全員の沈黙が30秒くらい続いてから、白瀬さんが代表するように口を開いた。
「もしそれができるなら乾選手の作戦の多くを無効にできるね」
「え? どういうことですか?」
 晶也はバッグの中からシトーくんの人形を二体、取り出した。どちらも、顔が下を向くように持ち直して、
「いいか? 上のポジションをキープするのが乾の作戦。上のポジションは下の動きを把握しやすいけど、下のポジションはしづらい」
 晶也は上のシトーくんの顔を下のシトーくんの背中に押し付けて、
「上のポジションはドッグファイトで背中を狙いやすい。下からくる相手は背中を見せる姿勢になりがちだからな」
「毎日、実感してる」
 晶也は下のシトーくんを半回転させて、上のシトーくんと向き合う形に持ち直す。
「まず把握の状態は互角になる」
「え? あ、そうか……。上から下を見るように、下から上を見ることができるのか」
 シトーくんの顔と顔をぶつけて、
「ドッグファイトも胸と胸を合わせる形になるから互角」
「え? そっか……。そういうことになるのかな? ん? 本当にそうかな?」
 あたしはシトーくんとホワイトボードを交互に見た。胸騒ぎがする。
「背面飛行ができれば上下関係はなくなる、ってことだよね?」
「一点をのぞけばな」
「それは、えっと…………重力かな?」
「そういうこと。重力の使い方が違ってくる。上は相手に向かっていくのに使えて、下は逃げるのに使える。ドッグファイトになった時、上の方が先手を取りやすい、ってことになるかもしれない」
 晶也はシトーくんとシトーくんをギューッと重ねた。
「だけど、みさきが得意な超近距離でのドッグファイトに持ち込めばあまり関係なくなる気はする」
 あたしは晶也と白瀬さんと部長を順番に見た。
「もしかして、乾さんの作戦を破る方法が見つかった、ということ?」
「かもな。でも、大きな問題があるぞ」
「──背面飛行、だね」
 白瀬さんが慎重に言った。
「背面飛行って、あまりしたことないけど難しいの?」
「俺もちゃんとしたことないからわからないけど……」
 晶也は白瀬さんにたずねる。
「背面飛行を真面目に練習した人ってあまりいないんじゃないですか?」
「……確かにね。でも、想像するだけで難しいのはわかるよ。遊びでやるなら誰でもできるだろうけど、試合でするとなると話は全然別だからね」
「ですよね。……まず飛行姿勢を保つのが難しいだろうな」
「そんなとこから? そんなの慣れじゃないの?」
「そもそも慣れてないだろ?」
「それはそうだけど……」
「グラシュの設定って通常の姿勢での飛行を基準に作られているんだ。グラシュが発生する反重力子のメンブレンはその姿勢が楽になるようになってる」
「でもいろいろ細かい設定ができるんだよね? 背面飛行に合わせて設定すれば?」
「鳶沢は試合中ずっと背面飛行するつもりか?」
 部長は深刻そうに言った。
「……あ。それは無理かも」
 背面飛行用にカスタマイズしたら、通常飛行がしづらくなるのか……。
「ずっと背面飛行というのも面白いかもよ。そんな選手の存在を誰も考えてないから、みさきちゃんが本気で挑むなら全国優勝も夢じゃないかもね」
「ぐふふふ、面白くなってきやがったぜ」
「……ダメです」
 晶也はハッキリと言った。
「そこまでトリッキーだと対策手段を一つ作られたら潰れる選手になるかもしれません。それに背面飛行は相手の下を飛ぶ時にしか使えませんよ」
「確かにね。有利な上のポジションを取った時に、下の相手に背中を見せ続けることになるわけだからね」
「基本的に通常飛行より不利なんですよ。確かに最初の大会は勝てるかも。でもそれで終わりです。俺はみさきを強い選手にしたいんです」
 ズキン、とした。晶也があたしのこと大切に思ってくれているのは知っていたけど……そうやってちゃんと口にされると、嬉しくて恥ずかしくて……。あー、もう!
「一つの大会だけ優勝してあとは終わりとか、みさきはそういう選手じゃありません」
 あたしは、なんでもない顔を作るだけで必死だ。くぅ……愛が重いってば!
 白瀬さんはあたしの心を読んだみたいに、嬉しそうに微笑む。
「そうなのかみさきちゃん?」
「さあ? そういうのはコーチに聞いてくださ〜い」
「通常飛行を中心に、背面飛行もできる選手になるのが理想です」
「晶也の言う通りだとは思うけど、メンブレンの問題はどうするのかにゃー」
 部長が低く笑う。
「ぐふふっ。メンブレンの効果がないんだったら、別のものでそれを補えばいいだろ? 筋肉ッ! マッスル イズ ワンダフル! 筋肉 イズ マッスル!」
「筋肉はマッスル! マッスルシスターになる未来が唐突に来てしまった!」
「姿勢維持のために背筋と腹筋を鍛える必要はあるかもな」
「筋肉をつけるがよい!」
「誰も筋肉からあたしを守ってくれないの?」
 白瀬さんは肩を小刻みに揺らして笑ってから、
「はははっ。まあ、みんな先走らないように。そもそも、背面飛行で乾選手の作戦を本当に破れるのか、実際に試してみるのが先だろう? 晶也はどう思う?」
「そうですね。議論するよりも実際にやってみて、問題点を洗い出した方が早いですね」
 晶也は妙にさっぱりとした顔をしていた。
「よ〜し! すぐにやってみよう! 覆面さん、練習に付き合ってください!」
「いつでも大丈夫だ!」
「心強い! 本当にいつもありがとうございます! 超感謝してます!」
「……っ! 覆面は貴様を倒すために参加しているのだ! し、死ぬがよい!」
「覆面さんのためなら喜んで善処します!」