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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #6

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「えっと、たしかセンパイはこっちの方に飛んでいったはず……」
 方向的に帰ったわけじゃないみたい。
 だからってみさき先輩の家や繁華街方面とも違う。この先には海があるだけ。四島の他の島に続くわけでもない。
 だとすると砂浜のどこか? それともこの辺りの空だろうか。手掛かりはないけど捜索範囲は限られている。必死に探さなくてもいずれ見つかるだろう。
 センパイ……
「考えましたよ、ちゃんとセンパイの気持ち」
 自分の気持ちを確認するみたいに言葉が口をついて出る。
「もしかしたら、やっぱりわたしにFCの才能はないからってフェードアウトできるようにしてくれたのかなって。でも、だとしても、直接言ってほしかったです。……期待、しちゃったじゃないですか」
 最後には目を閉じて、絞り出すように声を発した。
「わたしからだと、きっと売り言葉に買い言葉でセンパイにひどいこと言っちゃう気がして、話せませんでしたけど、もう……」
 っていうかひっぱたいちゃったらどうしよ……
 自分でもまったく冗談のつもりがないのが笑えない。と。
「! センパイいた!」
 眼下にその姿を見つけ、声をあげながら降下をはじめていたわたしは、
「……え?」
 次の瞬間、動けなくなっていた。
「うそ……泣いて、る?」
 居場所の予想のひとつでもあった砂浜。そこで横になっているセンパイは、両手で顔を覆っていた。
 見ようによっては昼寝をするのに邪魔な、夏の針金みたいに強い光を視界から遮っているようにも見える。だけど雰囲気というか空気というか。直感的にそう察したんだから仕方ない。さらに言うと、あまりこの手の直感が外れた記憶もなかった。
 正体のわからないショックを受けたような心地で、ただ様子を確認するようにそろそろと降下していく。
 砂浜で仰向けになっているのは、やっぱりセンパイだった。そもそもこの人はこんなことをするキャラじゃない。もしFC部のみんながノリでこうして川の字になっても「砂まみれになるから嫌だ」とか至極当然な正論を振りかざすのがこのセンパイだ(とか言って最後は絶対折れる。というか他のみんなに折られるとこまでがセンパイだったりもする)。
 メンブレンで砂を巻き上げないように気をつけて、だいたい立ってる人の頭の高さくらいまで降りてこられた。センパイは顔を覆ったまま、こちらにはまだ気づいていない。
 困った。頬を涙が伝っていなかったり、しゃくりあげたりしてなくて内心ほっとしたけど、静かすぎて近づいた今の方が泣いているのか寝ているのかわからなくなってしまった。
 そのとき、何の前触れもなくセンパイが腕をどかして目を開けた。
 ちょ、わわわ──!
 びっくりして声をあげそうになったけど、この状況でもまだセンパイに対する負の感情は残っていたらしい。そんな顔を見せたくなくて咄嗟に平静を装っていた。
 反対にセンパイは何故か目の前で浮遊しているわたしに呆然としていた。というか寝ぼけていると言った方がしっくりくる。直感がどうこう言ってたけど、実は本当に寝てたのかもしれない。状況を理解してなさすぎる顔だった。
 それでもセンパイにそんな顔をさせたことで、ちょっとだけ溜飲が下がった。
「生きてます?」
 調子に乗って、突き放すように尋ねてしまう。
 今はこんな感じでも、すぐに我に返って取り繕うはずだ。クールぶって今、ここで何もなかったよな的なトーンで「見りゃわかるだろ」みたいにやれやれしそうなのがセンパイで、
「死んでる」
 だけど、そのセンパイから意外な答えが返ってきた。
「……もしかして、なにか落ち込んだりしてます? その……泣いてるみたいに見えましたから」
 センパイは中の人がいなくなっちゃったみたいに生気が抜けてて、視線もこっちを向いているのにどこか遠くを見ているみたいで、怒っているはずのわたしが思わず気を遣いながら言葉をつないでしまう。
 そうしてまた少しの沈黙を挟んでぽつりと漏らす。
「落ち込んでるよ」
 あ、これ本当のやつだ。
 それがわかった瞬間、
「センパイ、行きましょう?」
 わたしは思わず手を伸ばしていた。
 こんなとき、どうして貰ったら嬉しかったのか、わたしは覚えているから。
 昔、みさき先輩が差し伸べてくださった手のひらの温かさを忘れてないから。