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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #49

 何度も練習してきたんだ。しっかり、押さえる! 背中に回られたりなんてしない!
 顔が近い。必死な顔してる。あたしもそういう顔してるんだよね。
「くっ!」
 明日香と衝突して、衝撃が走り抜ける。
 時間は? 試合はまだ続く。終わるな! という気持ちと、終われ! という気持ちがあたしの中で交差する。心も体も持たないからもう終わって欲しい。だけど、試合がずっと続けばいいような気もする。
 届くわけないとわかっている。でも、届くかもしれないから明日香に向かって腕を伸ばす。どうして手を伸ばしたんだろう? 明日香を近づかせない牽制のつもりで伸ばしたのかもしれない。体のどこでもいいからタッチすれば、明日香のバランスをさらに崩すことができる。
 でもそういうことじゃなくて……。伸ばしたかったんだ。理由はわかんない。
 ただ明日香に触りたかったのかもしれない。
 明日香もあたしに腕を伸ばす。
 どちらの手も届かない。空を切る。試合終了のホーンが鳴る。
 脱力したあたしはフィールドの外へと流れていく。
 思考がまとまらない。現実をうまく把握できてないな、ってことだけはなぜかハッキリとわかった。頭が真っ白で、呼吸が滅茶苦茶に乱れている。
 心臓の音が凄い。体が熱い。心が熱い。灼熱の砂漠の真ん中に立っているみたいだ。だけど、全然、不快なんかじゃない。でも、気持ちいいわけでもない。
 ──今日はもうこれ以上、試合をしなくていいんだ。
「みさき?」
 ヘッドセットから晶也の声がして、理由はわからないけど……。
「……あはははは」
 乾いた声で笑ってしまう。
「おめでとう、みさき。優勝だよ」
「うん。うん……。優勝なんだ。晶也の言ったとおり今日はあたしの日だったのかー。でもさ、乾さんとの試合といいこの試合といい、トゥ・ビー・コンティニュードって感じじゃなかった? 勝つには勝ったけど、勝っただけみたいな」
「試合に勝って勝負に負けたか……。そういうこと言うのは、ここだけにしておけよ。勝者が言い訳したらダメだ。言い訳は負けた人が自分を納得させるためにするものだ。勝ったのに言い訳するのかよ、って怒られるぞ」
「……そうかもね」
「もっとも乾も明日香もそんな言い訳しなさそうだけどな」
「そうだね。……あ」
 いつの間にか、同じように息を切らした明日香が近くに浮かんでいた。
 あたしは荒い呼吸を整えながら、回り込むように飛んで、正面から明日香を見る。何か言いたそうにしているけど、言葉が出ないみたいだ。あたしも出てこない。
 感謝したいけど、感謝を口にするのは何か違う。明日香に謝りたいことがあるけど、今ここで口にするのは何か違う。勝ったとか、負けとか、そういうことじゃない。試合をしている時は、勝ちたかったし、負けたくなかった。
 だけど、今は、違う。この瞬間は勝ったことも、負けたことも、そんなのどうだっていい。凄く大事なことだけど……。だけど、そうじゃなくて……。
 結果なんかただの結果で、そういうのよりもっと大切な何かがあって……。
 ……答えは近くにあるのに届かない。
「みさきちゃん!」
 明日香の声は走り回る仔犬みたいに弾んでいて、あたしは呆然としてしまう。
「あんな飛び方があるなんて知りませんでした。教えてください! 知りたいです! もっといろんな飛び方をしてみたいです!」
 あははは……。試合が終わったばかりなのに、もうそんなこと言うんだ。
「……いいよ。じゃ明日香もあたしにメンブレンを使った飛び方を教えてよ。あたしそっちを真面目にやってないから」
「はい! それと……それと……。続きをしましょう! 私、自分で思っているよりもずっと負けず嫌いなのかも」
「勝ちたいって思うよね」
「思います」
「あたしも思う。あのさ……確認なんだけど……。あたしたち、凄かったよね?」
「はい!」
 あまりに元気よく答えたので、つい笑ってしまった。すぐに明日香も笑う。
 そうだ! あたし達は、凄かったのだ。あたし達で、凄い試合を作ったんだ。明日香もそう思ってる、って確認したかったんだ。明日香と共感したかったんだ。
「ありがとう、明日香」
「こちらこそ、ありがとうございました。また明日からよろしくお願いします……!」
「うん……よろしくね!」
 明日香に抱きつきたい気持ちが込み上げてくるけど、そんなことしたら、反発しあって逆方向に飛ばされてしまう。晶也以外の誰かを抱きしめたい、と思うのは初めてかもしれない。物凄くテンションが上がっちゃってるな、って頭の片隅で思う。
「……凄い歓声ですね」
「……え? 歓声? …………あ」
 言われるまで気づかなかった。大勢の人々が興奮した様子で声を出しているのだ。
 ぶるる、と爪先から頭に向かって震えが走り抜けた。何を言っているかまでは、ハッキリとはわからないけど、祝福してくれているんだってことはわかる。
 今日の試合はこれで終わりだって実感はあった。明日香にも、乾さんにも、覆面選手にも、我如古さんにも勝ったんだって、そういう気持ちはあった。
 勝つとか負けるとか、そういうことはどうでもいいって思っていた気持ちが、変質していく。結果なんか、ただの結果だ、と思っていた気持ちが消えたわけじゃないけど……。
 勝ったんだ、って気持ちが、ようやく膨らんできた。
「……あたし優勝、したんだ!」
 言葉にした瞬間、足元で爆発が起きた気がした。
「優勝……したんだ」
 感情が、ぐるぐるして、どうしたらいいのか一瞬わからなくなる。
 ……そっ、そっ、そっか。あ、あたしは……優勝、したんだ。
 膨らんで体の中に納まりきらなくった嬉しいって気持ちが口から出そうになっている。叫ばないと、体が破裂してしまいそうだ。
「うわああ……わっ!? わああああぁぁぁぁっ!?」
 叫び出した途端、物凄い勢いで視界が斜め下に流れ出した。
 ……なんだ? なんだ? なんだ、これ!?
 バンッ、と音が響いて水飛沫が舞い上がった。
「優勝、おめでとうございます! 感動しました!」
 物凄い笑顔の真白があたしを見下ろしていた。
 どうやら、真藤さんばりのスイシーダをあたしに決行したらしい。
「どうしたんですか? 恥ずかしがらずにもっと嬉しそうにしていいんですよ?」
「あ〜〜、さっきまで嬉しかったんだけど、文字通り冷や水をかけられたというか……」
「あっ、ご、ごめんなさい! その、そ、そういうつもりじゃなかったんですけど……。わたしの嬉しさを表現するには、ぶつかっていくしかなかったというか」
「いや〜、おかげで冷静になれました〜」
「そんなこと言わないでくださいよ! 興奮してくださいよ! 今日の優勝を記念して、ましろうどんを永代無料にしますから!」
「永代って、墓地みたいなこと言われてもな〜」
「みさき先輩!」
「はいはい。真白の気持ちは伝わったよ」
 あたしはよろよろとした飛行で、上昇する。
 右上からみなもちゃんと部長が近づいてくる。左上には苦笑してる窓果。明日香が心配そうに下降してくる。
 そんじゃ、まー、改めて……。
 心の中から嬉しいの成分をかき集めて、それを一気に吐き出す!
「うわあああぁぁぁ!!」
 あたしの叫び声は、すぐにみんなの祝福の声にかき消された。