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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #46

──試合は19対0で終わった。
 覆面選手が必死に泣くのをこらえている。
「うぐっ……うううっ……………」
 ボイスチェンジャーは切れちゃってるけど、そのことを指摘する人はいない。
 やりすぎたとは思うけど、手を抜きたくなかった。そんなことしたら、覆面選手を傷つけることになるんじゃないかって思ったのだ。
 部長が、ぽんぽん、とみなもちゃんの肩を叩く。
「泣けるくらい悔しいってことは、まだまだ成長できるってことだぜ、みなもちゃん」
「みなもじゃないもん!」
 うっかり口を滑らせた部長を覆面選手が怒鳴りつける。今のは痛いミスだったな……。
 白瀬さんが同じように肩を叩く。
「本当に強くなったよ。みさきちゃんが強すぎただけで、この中では上の方に入ってる。次やる時は絶対にいい勝負ができるさ」
「あ、あの、覆面選手。今までありがとうございました! これからもお願いします!」
「利用しているのは覆面だ! これからも強くなるために利用してやるから覚悟しろ!」
「は、はい。善処します」
「覆面を倒したんだからな! ううぅぅうぅぅぅぅ……。優勝するがよい!」
「そ、それは、善処じゃなくて、必ず!」

我如古さんとの試合は5対3で勝った。
「う〜〜〜、疲れた〜〜〜」
 晶也はグラシュを停止させたあたしにスポーツドリンクの入ったボトルを渡す。
「感想は?」
「強かったけど……その……。恐くない。強いだけだった。乾さんの時みたいな恐さはなかった。いろんなことしてくるんだけど、何をされても恐くはなかったな」
「やっぱり相手がポジションを知らないからか……」
「だね〜。ポジションの凄さをつくづくと実感してる。上をキープできれば、下で何をされても恐くないんだよね〜」
「次はそんなこと言ってられないだろうけどな」
 トーナメントが進み、選手の数は減った。乾さんは一回戦で負け。覆面選手は二回戦で、市ノ瀬ちゃんは三回戦で、真白は三回戦で負けた。残った選手は二人だけになった。
 あたしと明日香。
「明日香と決勝戦か……。こういう日を期待してたのに。現実感がなくて不思議だなー」
 休憩の後、三位決定戦があって、それが終わったら決勝。
 みなもちゃんが小走りに近づいてきた。
「あの! これ……飲んでください! 疲労……回復、です! 短時間で超効果、が……売りの高いドリンク、です!」
「ど、ドリンク?」
 もしかして、あの雨に濡れた犬の臭いがするプロテインなんじゃ。
「これはハチミツ味で……おいしいです。前は……少しだけ……いやがらせ、できたら、って思って……。でも、今はそういうの、ないですから!」
「アレは嫌がらせだったんだ!?」
 みなもちゃんはあたしに近づいて、耳元でこしょこしょ言う。
「わたし、晶也さんのこと……すき、だったから……。ごめん、なさい」
 え? ……あ。やっぱり……そ、そうだったんだ。そんな雰囲気は感じてた。
「そういうことならしょうがないよ」
 嫌がらせくらいしたくなる。あたしだったら、もっと激しいのしてる。それに、あたしは晶也と付き合っているのだから、そういうみなもちゃんの気持ちを正面から受け止めるしかない。これだけ親しくなったのだから回避できるわけがない。
「それが、濡れた猫の味がしてもあたしは飲むよ!」
「あ……」
 あたしは奪い取るように掴むと一気に飲み干した。舌に絡みつくようなえぐみとざらつきはあるけど、おいしいと言っても問題ないレベルの味だ。
「んくんくんくんく、ぷは〜〜〜〜。おいしかった! そして疲労が消えたよ!」
「あはははっ、優勝、して……ください!」
「うん!」
 あたしが大きく頷くと、みなもちゃんは頭を下げて離れていった。
 みなもちゃんのためにも、この試合、勝ちたいな。
 あたしとみなもちゃんのやり取りを黙って見ていた晶也が唐突に言う。
「あのさ、変なこと聞くけどいいか? ……勝つってなんだ?」
「決勝戦開始まで20分くらいの選手に向かってする質問ですか、それ」
「みさきは勝つことに何かを期待してるのかな、と思ってさ」
「こんなとこまで強引にあたしを連れてきておいて今さら何を……」
「確かにそうなんだけどな。それはわかってるよ。だけど気になってさ」
「期待ね〜。この大会でわかった気がするんだけどね。勝つ、ということより、勝ちたいって気持ちがあたしにとっては大事なんじゃないか、って思う」
「勝ちたいって気持ちか……」
「うん。勝ちたいってことはさ、全力を出したいってことだし、本気でやりたいってことだし、この場所にいたいってことだし、負けたくないってことだから。……これから言うことは負けた時の言い訳じゃないよ? 明日香に勝つつもりだからね?」
「そんなこと疑ってないよ」
「心の片隅で巨大怪獣が来ないかなってまだ少し思ってるけど」
「まだ恐いのか?」
「恐いよ〜。まー、それはともかくとして……勝ちたいって気持ちを維持できれば、負けても勝ちだと思うんだ」
「どんな理屈をつけたって負けは負けだろ」
「そうだけどさ〜。勝ちたいって想いがあれば、FCを続けられるじゃない。勝っても勝ちたいって気持ちがなくなれば負けだと思うんだよね」
「……そうかもな。みさきの言ってることわかるけど、わからないな」
「どういう意味?」
「本当に負けた時。気持ちだけで勝ったと思えるか?」
「本当に負けた時は、勝ちたい気持ちも負けちゃってるんだよ。言葉遊びじゃなくて……本気で言ってるから」
「……わかってる。みさきの言ってることわかるよ。それで正しいと思う」
「あはっ。納得してもらえてよかった。じゃ、作戦会議。言っておくけどあたし、全力を出さずに負ける、というのが一番やだ。できれば、圧倒的な楽勝がいいな」
「明日香相手にそれは無理だな」
「だよねー。じゃ、晶也の考えを聞かせてもらおうかな」
「明日香は完璧を目指すタイプじゃなく挑戦するタイプだ。そこを狙う」