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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #13

9

 その夜。
「きっ、聞き間違いかもしれないからもう1回!」
「にぃにぃ」
「ははっ、ほんとにかわいいなお前は」
「~~~っ!」
 わたしはベッドの上を無呼吸で泳いでいた。
 ううん、傍から見たらそう見えるだろうなってだけ。なんでかばんばんと枕や布団を叩かずにはいられなくて、自然とバタ足になっちゃって、息もできなくなる。
 ノートPCに映っているのは、昼間の痴態。
 小道具一式を返しに行ったときに聞いたんだけど、実はあの様子、わたしのつけていた猫耳に実里によって仕掛けられた小型カメラで撮られていたらしい。別に盗み見るつもりじゃなくて、わたしがあとで見返せるようにって気遣いのつもりだったとか。笑顔でおでこを叩いといた。
 もし期待通りにみさき先輩がいらしてくれてたら大感謝だったけど、動物的な勘の鋭さでセンパイが身代わりに来てしまったため、結果的にあの出来事は人生最大の汚点となった。
 ほんっっっと余計なお世話。こんなの未来永劫誰の目にも触れないように即刻抹消するしかない。カメラも壊したいくらいだ。
 ただし、今回のような過ちを二度と繰り返さないために、反省も兼ねてわたしはこの身を傷つけ、この痛みを忘れないように記憶せねばならない。それこそ一生忘れられないくらい。
「はぁ、はぁ……ま、待って待ってよ? もしかして今、実は「ほんとに河合だなお前は」って言ってなかった? 河合さんが誰のことだかわからないし、確認のためにもう1回……今度はちょっとリアルに」
 勉強の暗記も見るだけでなく、書いたり口にした方が覚えやすい。曖昧はよくない。
 わたしは今日の傷を一層深く刻むため、つらいけどスクロールバーをスライドして問題の部分を再生させ、実際に昼間の自分のセリフを言って再現させることにする。
「え、と……にぃにぃ?」
「ははっ、ほんとにかわいいなお前は」
「~~~っ!!」
 じっとしていられずに50メートルほど泳ぐ。
 こんな調子だから、さっきから繰り返されていたノックにはまったく気づいていなかった。
「ちょっと~」
「にゃあああああぁぁぁあああ!?」
「……にゃあって何?」
「にゃっ、なっ、なんでもない! っていうかお母さん、ノックもなしに入ってきちゃだめだってば!」
「したわよ。なのに返事もしないでどったんばったん。埃が落ちるから特に営業中はベッドの上で転げ回るのやめてって言ってるでしょ」
「そ、そうだったね……ごめんなさい」
 だけど常習犯みたいには言わないでほしいけど。
 みさき先輩関連でちょっとあったくらい。今日ほど激しくもなかったはずだ。
 あれ? それってどうなの?
「反省してくれるのならいいんだけど。……あら、このパソコンに映ってるのって」
「んぎぎぎぎぎ……」
「あっ」
「出てって出てって出てってよもー! お母さんのバカー!」
「はいはい、わかった、わかりましたからそんなに背中を押さないでも……」
 力ずくでお母さんを部屋から追い出した。
「はあっ、はぁっ……はぁ……見られちゃったかな……」
 ひと息ついて画面を見ると、
「あれ? いつの間に……ちょっと、なにこれ」
 ディスプレイには見慣れない別の動画が映っていた。そういえば他にもフォルダがあったっけ。今日の日付の動画ファイルがすぐに見つかったし、実里のものだからスルーしてたんだけど。
「重ね撮り? 別のデータ? 古いFCの試合みたいだけど……」
 画像が粗いのもあったけど、右下にジュニア大会と入っているテロップ(ってことはテレビ番組?)の年度が6、7年前のものだった。
 画面によく映るのは試合を圧倒する男の子。対戦相手に圧倒的な実力差を見せつけ、それをポイント差で体現して、相手を試すように、挑発するように飛んでいる。弱い者の気持ちが理解できない、あ、わたしこいつきらいってタイプのクソガキだ。そのナマイキそうな笑い顔が……
「えっ、これって」
 センパイ……?
 間違いない。ナマイキな表情にかき消されているけど、幼くてあどけなさの残るその顔にはセンパイの面影があった。よく似た親戚かと思ったところで試合が終わり、実況の「日向晶也大会三連覇! 無敗神話は終わらない!」といった声が響く。
「え、ちょっと」
 動画を閉じて、フォルダの中に入っていた様々なファイルを次々と開く。動画にはすべて幼いセンパイが試合を蹂躙する姿が、画像は新聞や雑誌記事で、優勝や無敗の文字とともにトロフィーを高々と掲げるセンパイが映っていた。
 センパイがFCを……? 経験者なんだろうなとは思っていたけど、ここまで?
 それにしてもすっごい笑顔。不敵に無敵って感じ。センパイなのにセンパイじゃないみたい。好きじゃないけど、あまりに楽しそうすぎてちょっと笑っちゃう。
 って、これがどうしてあんな不感症っぽい人になっちゃったんだろう?
 ファイルをスクロールして、息を飲む。
 日向晶也のナンバリングの最後の記事には「消えた天才」の文字が押されていた。

<更新終了しました>
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