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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #45

「うひ〜、なんとか勝ったー!」
「よくやった。偉かったぞ!」
 晶也は部長が乗り移ったみたいに、力を込めていった。
「乾さん怖かった! 圧迫感が凄すぎた。同じ人間とは思えなかったよー」
「その相手に善処しますって答えるのも凄いけどな」
「あ、聞いてたの? 覆面選手との会話の癖がしみついてた」
「で、どうする? その時は真正面からやるか?」
「真正面から……うん。無理。その時が来たらまた一緒に作戦を考えよう」
 真っ正面からぶつかる、というのはあたしのやり方じゃないと思うのだ。だってあたしはファイターだ。あたしが得意で、相手が苦手な距離に入らないと勝機はない。
「次の試合まで時間はあるから、部長の指示に従って体を動かしながらクールダウンさせたら、横になって体を休めておけ。俺はすぐに覆面選手のセコンドだからな」
 あ、そうか。この後は覆面選手の試合なんだ。

堂ヶ浦の選手に危なげなく5対0の完封勝ちだ。白瀬さんと部長が拍手で戻ってきた覆面選手を出迎える。当然、あたしも拍手。
「やったなー!」
「いや〜、よくやったよ。完璧な試合だった」
「おめでとー!」
「わっははははははは! 大勝利なのだ!」
 覆面選手が言った瞬間、場が凍り付いた。
 みなもちゃんの可愛らしい声が響いてしまったのだ。きっと、ボイスチェンジャーのスイッチを入れ忘れたんだと思う。
 覆面選手の正体がみなもちゃんだって、結構前からわかってはいたけど本人は気づかれてないと思ってるみたいだったから……。
 こ、こ、これは気まずいぞ。あたしにはフォローできそうもない。誰かどうにかして!
 覆面選手はあわあわと覆面に手をやってごそごそする。
「なんでもない!」
 胸を張って、いつもの声で堂々と言い切った。
「その通り。なんでもない」
 部長が深く頷く。頼もしい。
「覆面選手の動きがピタッピタッピタッとはまって行くので、セコンドをやっていて楽しかったですよ。充実した気分です」
「わっはははははは!」
 白瀬さんは目に手をやる。
「みさきちゃんのパートナーをやらせて本当によかった」
「な、泣かないでよ! お兄ちゃん!」
 再び全員、絶句する。覆面選手は勝利の喜びで相当に気が緩んでるみたいだ。
「わ、わたしはお兄ちゃんとか言ってないぞ!」
「そうだ! 言ってないぞ!」
 部長が深く頷いて言った。頼もしすぎる! 部長にお任せしました!
「あ〜、そういえば……」
 すぐに部長は何気なく──何気なくはないけど何気なさを装って、晶也に話しかける。
「違うFC部の生徒が、セコンドしてもいいんだな」
「明日香と真白のセコンドは佐藤院さんがする、って聞きましたよ」
「お、そうなのか」
「あたしもそうだけど、明日香も真白もセコンドに向いてないからいいことなんだろうけど……。佐藤院さん、自分の試合は?」
「今回、不参加だって」
「ええ!?」
「市ノ瀬から聞いたけど、佐藤院さんは夏休みの間、明日香にべったりだったらしいぞ。それで、自分の試合より明日香のセコンドにつくことを優先させたんだってさ」
「……明日香はやっぱり凄いな。本人は無自覚なのかもしれないけど、人を惹きつけるものがあるよね」
 明日香がやると言い出さなかったら、あたしも晶也もFCに関わっていなかったはずだ。
「で、次の試合は覆面選手とあたしなんですけど……。セコンドはどうするの?」
「俺が覆面選手のセコンドをするぜ」
「断る!」
「ショックだ!」
 部長は連続でフォローしたんだから、もっと優しくてもいいと思う。
「俺はみさきのセコンドをするけど、基本的に指示を出すつもりはないよ。それは部長も一緒だ」
「そういうことだ。相手を見失っている時以外は何も言わない。自分達の能力だけで試合をしてくれ」
「あたしもそれがいいと思う」
 みんな夏休みの間、一緒だったのだ。どちらかが有利になる試合はやりづらい。
「だったら、セコンドが逆でもいいではないか!」
「そこは納得してください」
 晶也が申し訳なさそうに頭を下げたのを見て、覆面選手はあたしを指さした。
「この試合で覆面が勝ったら永遠にセコンドを交代してもらう」
「ぜ、善処します。あ! ……対戦相手とこんな近くにいていいのかな? 離れた方がいいんじゃないかな?」
 白瀬さんが気怠そうに肩を回しながら言う。
「そんなこと気にしなくていいよ」
「気にした方がいいんじゃないですか?」
「みさきちゃんはどうなんだい?」
「あたしは別にいいんですけど……」
「覆面だって別にいい」
「それはね。二人の間にハッキリとした実力差があるからだよ。覆面ちゃんが試合でみさきちゃんの本気を引き出すには、まだ時間がかかる」
「そ、そんなことないぞ!」
「本気なら同席が平気とは言わないよ」
「う……」
 覆面選手が悔しそうにうつむく。
「責めてるわけじゃないんだ。今の覆面ちゃんはここでいい。ここで強い選手と強いセコンドと頼もしい先輩を見る。それがキミの仕事だ」
「仕事?」
「そうだよ。上通社FCはキミだけだ。ここで部活がどういうものなのか、観察していけばいい」
「……うん」
 覆面選手はやけに素直に頷いてから、ぐわっ、とあたしに顔を近づけた。
「しかし、負けるつもりはないからな! 死ぬがよい!」
「ぜ、善処します」