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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #6

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 ファーストブイに二人が飛んでいくのをあたしと晶也は並んで見上げている。
「明日香が言っていた、乾さんの凄さって何なのか晶也にはわかってるの?」
「対戦相手をコントロールするってことだとは思うけどな」
「具体的にどういうことなの?」
「それは……まだわからん」
 ……晶也がわかってないことを明日香は理解しているってことなのかな?
 ファーストブイに並んだ二人に、先に上がっていた窓果が近づいていく。
「ゲッド・レディ、ゲッド・レディ」
 アメリカのプロリーグの審判みたいなオーバーアクションで、うざい感じに両手を振った。ふざけてるように見えるけど、窓果なりに真面目にやってるんだと思う。
 窓果が、セット! と叫んだ瞬間、明日香と佐藤院さんに緊張が走った。あんな窓果を近くで見ても集中できるんだから、相当に気合が入っているんじゃないかな。
「プオオォォォン!」
 ホーン代わりに窓果が口で叫ぶと同時に、二人はローヨーヨーでスタートした。
 ──明日香は何をするつもりなんだろう?
 じっとしていられない何かが体に広がって、バスを後頭部で軽く叩く。
「二人ともセカンドブイを狙ってるけど……。明日香は佐藤院さんより速く飛べるの?」
「佐藤院さんの方が速いだろうな」
 晶也の言った通り、ファーストラインの半分をすぎた辺りで佐藤院さんが前に出た。その瞬間、明日香がセカンドブイへショートカットする。
「深追いするのはリスクが高いからな。まぁ、想像通りの展開ではあるな」
 佐藤院さんがセカンドブイにタッチして0対1。佐藤院さんがセカンドラインに入ったのに少し遅れてラインの半分くらいの場所にたどり着いた明日香は、スピードを殺さないように旋回しながら、高い場所で待ち構える。
 どこかで見たことがある光景。んと、あれって夏の大会で……。
「真白が佐藤院さんにしたのと同じ作戦?」
「そういえば、そうだな。真白が明日香に指示したわけじゃないだろうけど……」
 とんとん、と再び後頭部でバスを叩く。体を動かしてないと落ち着かない。
 佐藤院さんはセカンドラインに沿って真っすぐに進む。サードブイを狙う飛行だ。明日香が斜め下に加速し、佐藤院さんを追う。距離で考えれば、ブイとブイの間の最短距離を飛ぶ佐藤院さんが有利。スピードは重力を利用できる明日香が有利。
 明日香は佐藤院さんに追いつけないと判断したのか、体をくねらせて方向転換して、サードラインへショートカットする。
「あきらめがいいね。性格的にギリギリまで行くかと思った」
 明日香は努力家だ。努力家はあきらめが悪いから努力家なんだと思ってたけど……。
 佐藤院さんがサードブイにタッチして、0対2。
 明日香はセカンドラインと同じくサードラインの高い場所で、佐藤院さんを待ち構える。佐藤院さんがブイめがけて最短距離を飛び、明日香がローヨーヨーでそれを追うが途中でやめる。セカンドラインとまったく同じ展開だ。しかも、それがフォースラインでも続いて、0対4になった。
 何をしたいんだろう? したいことはあるけど、それができないのか……それとも。
「明日香って、晶也の指示がなかったら、単純な動きしかできない選手なのかな?」
 晶也は何かを言いかけて、口を閉じた。
 ……あ〜。また嫌なことを言っちゃったな。心のどこか……違う。どこかなんて曖昧な場所じゃない。心のしっかりした場所で、明日香が失敗したらいいのにって願ってる。あたしってこんなに性格の悪い女の子だったかな?
 ファーストラインの高い場所まで、ショートカットした明日香が上体をぐいと上げて、仁王立ちするみたいに胸を張って停止する。試合中にするには明らかに不自然な動き。
 ……どうしたんだろう。体に異常でもあったのかな?
 それに合わせて、佐藤院さんが急停止する。
「どうかしましたの? 体調が悪いのでしたら試合を中断してもよろしくてよ」
「……いえ、大丈夫です。それより——」
 明日香は左右に首を振りながら、目を閉じて大きく息を吸い込むと大きな声を出す。
「どうですか!? わかっていただけましたかっ!?」
 明日香の言ったことの意味を誰も理解していない曖昧な沈黙が広がる。そんな空気に気づいてないのか、明日香は自信たっぷりに続けて言う。
「そういうことですから、決闘はこれで終わりです」
 しかも、フィールドを離れていこうとさえする。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい」
「はい?」
 慌てて制止した佐藤院さんに、物凄く素朴な眼差しを向ける。凄いぞ、明日香。
「不思議そうな顔をしないでいただきたいですわ。わたくしは理解していません!」
「理解していない、というのは……。ど、どこまででしょうか?」
「全部ですわ」
 審判の窓果が、困ったように晶也を見る。
「試合を続行するようにうながした方がいい? それとも明日香ちゃんの試合放棄?」
 晶也は窓果に向かって言う。
「試合は続行だ」
 明日香は困ったように顔をしかめる。
「そうなんですか? コーチはわかってくれましたよね?」
「少しわかったけど、明日香がここからどうするのか見たいから続けてくれないか?」
「わかりました!」
 窓果は佐藤院さんに向かって、
「ということだそうですけど……」
「釈然としませんけど、試合続行ですわ」
 窓果は、二人を交互に見て、振り上げた手を振り下ろした。
「試合、再開!」
 憮然とした佐藤院さんが前傾姿勢になってブイを狙う。上空から明日香がそれを追う。
 あたしはリズムを取るように、廃バスを後頭部で叩く。
「ふ〜ん。明日香のやってることの意味、わかってたんだ」
「完全にはわかんないけど、ああ言わないと格好がつかないだろ?」
「あははは、晶也はずるいね〜」
 話している間に、佐藤院さんが華麗にセカンドブイにタッチして、0対5。
「晶也が思うに、明日香が何もできない、って展開じゃないわけだ?」
「あの試合の時、乾が真藤さんをコントロールしてる、と明日香は言ってた」
「ふ〜ん。………………え?」
 心臓が、とん、と弾んだ。ちくり、と鋭い痛みが走り抜けた。