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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #10

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 みさき先輩だけじゃなく、進学に向けて引退した青柳元部長も顔を出してくださり(夕べ、窓果先輩への電話ついでに誘ってもらってた)、今日の練習は実に大会前以来、元のFC部メンバーが勢揃いした。
 懐かしいというよりはまだ久しぶりって感じだけど、皆さんとの時間はやっぱり楽しい。それはみさき先輩だって変わらないはずだ。このメンタル攻撃は情深いみさき先輩にきっと効く。──人として大事なものを失っちゃってる感はあるけど、手段はともかく得られる感情は本物だから問題ないはず。
 一方の同志センパイは、今日の練習にマンツーマンを提案した。
 なるほど。みさき先輩はプレイヤーとしてではなくお手伝いなので、コーチであるセンパイがいる以上、内容によってはあまり前面に出る役割は担われないかもしれない。だけどマンツーマンなら選手により近い位置でFCと触れ合える。わかります。さっすがセンパイ。汚い(誉め言葉)。
 となると、ベストパートナーは言うまでもなくわたしだけど、みさき先輩のFC欲を刺激するためには明日香先輩が妥当か。ぐんぐんと実力をつけてきている同級生。明日香先輩がまぐれでもひやっとでもさせてくれたら、みさき先輩の闘争本能にも火が点くと思うんだけど。
 そして、その間にわたしはもうひとつの約束を果たすため、センパイと組んで練習する。本当はみさき先輩と組みたいに決まってるけど、このプランなら目的の両立ができる。やれやれ。仕方ないからセンパイと組んであげます。
 なんて思っていた時期がわたしにも以下割愛。
 実際に練習がはじまった今。
 わたしはいったい何を見せられているんだろうという思いでいっぱいになっていた。
「コーチだって本当は大好きなくせに! 言ってください、ちゃんと大好きって。言葉は力になるんですよ」
 離れた場所にいてもよく通るこの声は明日香先輩。話し相手の声はぼそぼそと喋っているのか(それが普通なんだけど)届いてこない。
「言ってください。照れずにちゃんと大好きって。…………どうしてもです!」
 だから明日香先輩の声ばかりこちらに聞こえてくるんだけど、あれはどう見ても……
「聞こえないです!」
 と、その明日香先輩に続いて、はじめて話し相手の声が聞こえてきた。
 ヤケクソ気味なセンパイの魂の叫びが。
「大好きだよ、大好きだ!」
「はいっ、わたしもです!」
 ベキッ!!
 なぜか握っているペンがまっぷたつに折れるイメージが頭に浮かんだ。持ってなくてよかった。
「いちゃいちゃしてるなー」
 これは同じようにあのふたりを見ていたみさき先輩の感想。今日のわたしの練習パートナーも務めてくださっている。
 センパイはこのマンツーマン練習で、みさき先輩とわたしを、自分は明日香先輩と組ませた。ただでさえ意味の分からない采配だったのに、何をやってるんだろうあの人は……それとも明日香先輩とあれがやりたかった?
 ベキッ!!
 あ、2本目。
「わかってると思うけどあれFCの話だからね」
「べっ、べつに明日香先輩とあの人が何の話をしてようとわたしには関係ありませんし」
「じー」
「やだみさき先輩、そんなに見つめられちゃうとわたし……」
「ねえ、いつの間に?」
「みさき先輩、もしかして何かとても失礼な勘違いをなさってませんか?」
「ふ~ん、なるほど。やきもちね~」
「よくわからない理由でにやにやなさらないでください!」
「っと、やば。鬼コーチに見られてる。ちゃんとしないと……」
 言われてみると、動いていないわたしたちが目についたのか明日香先輩と(FCへの)愛を確認しあってたセンパイがこちらを見上げていた。
「やきもち……」
 センパイが、こっちを……
「もう、みさき先輩ってばそんなにやさしくしないでください。ますます大好きになっちゃうじゃないですか~」
「えっ、突然なにその棒演技!?」
 自分でもわからない。だけど急に、傍目から見てわかるくらいみさき先輩に甘えたくなった。
「ああっうっかりバランスが! みさき先輩抱きとめてくださーい」
「はあ? いやこっちに来られても弾いちゃうけど、物理的に」
「はあ助かりました。さっすがはみさき先輩。この世で一番頼りになります!」
「いやいや、あたし何もしてないし。っていうかこんなことしてたら……ああほら、ほんとに晶也来ちゃってるし」
「っ」
 むすっとした表情でこちらに飛んでくるセンパイ。
 期待で胸が高鳴る。
「こら、そこのふたり」
「はいはいわかってる。ちゃんとやるって」
「ん。だったらいい」
 みさき先輩の言葉にすぐに矛を収める。本当にそれだけで来たらしい。
「でも、どこかのコーチさまにそれを言う資格はあるんでしょうかね、みさき先輩」
 言葉が口をついて出ていた。
「わかった悪かった。俺もちゃんとやるからさ」
「いちゃんいちゃんとの間違いじゃなく?」
「なんだその聞いたことない日本語は」
 そっちこそなんですかその本当にわかってなさそうな顔。
 だったらもう一度。
「いちゃんいちゃんとっていうのは……こうですよね! みさき先輩っ」
「あーもう物理法則を無視して近づこうとしないのー」
「にゅ~♪」
 これ見よがしにみさき先輩の周りをくるくる回りながら、ちらっとセンパイを盗み見る。
「わかったよ」
 わ、わかられてしまいましたか!
 つまりはセンパイもやきもちを……
「おふたりの邪魔はいたしませんから練習だけはちゃんとやってくれな」
 わたしの表情に亀裂が入った。
「うわ」
「晶也さ、ちょっとパートナー交代してよ。このままじゃ集中できそうにないから」
「みさき先輩……っ」
 突然の提案に驚いたけど、心のどこかでやっぱりわたしの気持ちをわかってくださるのはみさき先輩だけなんだって気持ちが浮かんで、
「絶対嫌だ。俺には明日香がいるからな」
「…………」
 本当にみさき先輩だけだった。

 その後、みさき先輩の計らいでセンパイにコーチしてもらうことになったけど、
「……つーわけで今日は俺が見ることになった。悪いな」
「…………」
「みさきが振り向いてくれないのには同情するが、なんとか我慢してくれ」
「…………」
「しかし、今さらながらあのみさきのどこがそんなにいいんだ……?」
「…………」
「じゃあまずは練習を……」
 ぷいっと顔を背ける。なんでかそうしてしまって。
 練習前に存在した生まれ変わったわたしはどこまで遠い旅に出ちゃったのって有様だった。