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蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to you sky - #2

第一章・心臓に刺さる針。言葉にできない心。逃走。

1

 うっひゃああぁぁぁぁっ! きっもちいいぃぃ!
 ほとんど暴力って言ってもいいような超高速のビートに合わせて、全身を激しく上下に弾ませてステップを踏む。今日は凄い! 行ける! どこまでも行けそうな気がする! 宇宙の果てか、涅槃くらいなら楽勝で行ける! デロンデロンに体が溶けて、音楽になってしまった気がする。音楽と自分の境目が不明瞭。あたしはすなわちミュージック。アイアムミュージック! イェイ! もー、ワンダフル! ビューティフル!
 現実なんか、全部、吹き飛べ!
 いつの間にか小中学生が、筐体を取り囲んじゃってるし。あはは、見ろ見ろ〜。
「おおおーっ、この姉ちゃんスゲーぞ!」
「マジスゲー! ここまでパーフェクトじゃん!」
「この曲難易度トリプルSだぞ!? スゲー! ツエーッ!」
 わっはははははは。どうだ、お姉ーちゃんはスゲーだろ。元々、反射神経には自信があるんだよね。ふふ〜ん、気分いいぞー。あたしはギャラリーを意識して、ばしっ、ばしっ、と空気を切り裂くように両手を交互に前に出して叫ぶ。
「イエスッ! イェイ!」
 小中学生、どよめくどよめく。単純だな。このくらい素直に生きていきたいものです。よし! もっとサービスしちゃおうかな! あたしはポケットに入っていた細長いチョコレート菓子を抜き取ってくわえた。パキバキと音を立てて食べていく。
「うおおぉぉおおぉぉぉぉおぉおお! おかし食べてるーッ!」
「余裕だ! 余裕を見せてやがるぜ!」
「カッケー! 姉ちゃん、マジカッケー! スゲー!」
 そうでしょう、そうでしょう! んじゃ、そろそろ終わりだ! バッチリ決めるぜ!
「ラストーッ!」
 最後の高速ステップを踏んで、ビシッ。どうでもいい世界を吹き飛ばす勢いで、右手を高く突き上げる。
「パーフェクトッ!」
 決めポーズのまま静止する。まるで映画のワンシーンのようだ。5分後にエンドロールが流れ出しそう。最高の気分だ。もうここで人生、終わっちゃってくれないかな。正気に戻りたくない。ずっとこんな風にトリップしていたい。
「おっ、おおぉぉおぉぉ!? ノーミス! ノーミスでた!」
「姉ちゃんスゲー! 天才だ! カッケー!」
「全国ランキングで1位いくんじゃね? 姉ちゃんなら出せるんじゃね?」
 そもそもこのゲームに全国ランキングが存在するのか知らないし、古いゲームだから昔あったとしても今はないと思うけど……。もしあったとしたら、今のあたしなら余裕でランキングに入れると……違う! ズキン、と心臓が痛んだ。
「いや〜、お姉ちゃんはランキングとかに興味ないからね。人と比べてどっちが上とか下とか、勝ち負けとか、そういうのは心の貧しい人がすること……ん?」
 ギャラリーの外から視線を感じる。なんだか嫌な予感がするんですけど……。そっ、と注意深く振り返る。
 ぎゃっ!
 そこにいたのは、口をぽかんと開けて目を大きく見開いた、晶也と明日香。
も、物凄い所を見られた! 人生のクライマックスを目撃されてしまった。恥ずかしい! っていうか、なんでここに? あっ! FC部に戻るように説得するつもりだ。あたしは夏の大会が終わってからFC部に行ってない。退部するつもりなんだけど、そういう話をするのは気が重い。なんとかうまいこと、自然消滅にもって行きたい。
 ──ということは……逃げるしかない!
 無言で筐体から飛び降り、小中学生をかき分けて走り出す。晶也と明日香が叫ぶ。
「あ、おい! 待てよ!」
「待ってください、みさきちゃん!」
待つわけないってば! ここは全力で逃走させてもらうにゃん。
 左右にフェイントをかけながら、二人との間に筐体が挟まるようにして走る。こうすれば簡単には追いつかれない。反射神経がものをいう動きは得意なんだよね〜。
 寒気がするくらいエアコンの効いたゲーセンを飛び出すと、熱く湿った夏の空気がどかん、と壁のようにぶつかってくる。あっついっ! 萎える。こんな空気の中を走るくらいなら、捕まった方がマシかな? だけどこんな風に逃げたのに、あっさり捕まったりしたら、向こうもちょっと気まずいよね? ……やっぱり逃げよう!
たたん、とステップを踏んで右側に全身を傾けて走りかけた瞬間。うわっ!? 目の前に知った顔。
高藤FC部の佐藤院さんがいた。その横には、夏の大会の一回戦であたしと対戦した市ノ瀬ちゃんもいる。高藤の部員の力まで借りてあたしを捕らえようとするなんて、そこまでの本気を出す必要あるかな?
「日向さんと明日香さんもご一緒だったんですね」
 市ノ瀬ちゃんがあたしの後ろを見て言った。声が素な感じ。ということは、偶然通りかかっただけってこと?
「お願いします! みさきを捕まえてください!」
 店から出てきた晶也が叫ぶ。無関係な人を仲間にしようなんて卑劣極まりない!
 あたしは晶也を指さして、高藤の二人に向かって叫ぶ。
「見知らぬ男に追われてるんです! 助けてください!」
「見知らぬ男じゃないだろ! どうしてそんな嘘が佐藤院さんに通用すると思うんだ?」
「見知った男に追われてるんです!」
「ストーカー扱いかよ」
 佐藤院さんはため息でもつくみたいに肩を落とす。
「相変わらずにぎやかで楽しそうですわね……」
「全然楽しくない状態なので、逃亡の手助けをお願いします!」
「見知った相手なら、話し合いで解決できるのではありませんか?」
「あの顔を見てください。話が通用する相手だと思います?」
「俺はどんな顔をしてるんだよ。いいから、逃げるな。別に説教しようってわけじゃないんだ。話し合おうぜ」
「みさきちゃん、話し合いましょう!」
 明日香が食事をねだる仔犬みたいな上目遣いであたしをじっと見る。もう。ずるいよ。そんな目をされたら、逃げる雰囲気じゃなくなっちゃうもん。ここで逃げたら、物凄く悪い人みたいじゃない。
「はー。わかったって。降参、降参。……で、晶也はあたしに何の用があるわけ?」