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蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #11

7

「はあ……」
 練習後、着替え中は一時的に男子禁制化する部室の中で、わたしはため息を漏らした。
 自己嫌悪。たしかにセンパイの段取りは色々と間違っていたけど、ホントどうしてあんなことをしちゃったんだろう……
「ふう……」
「晶也でしょ」
 何度目かのため息のあと、みさき先輩がからかうようなトーンで耳元に囁いてきた。
 これはちょっとめんどくさい予感。ううん予感という名の確信。
 なんとか話を逸らそうと試みるも、何度も頭に「しかしまわりこまれてしまった!」のウインドウが浮かんで、ついにわたしは観念した。
「どうしてわたし、あんなことしちゃったんでしょう。なんでかセンパイへの風当たりが強くなってしまって自分でも抑えられなくて」
 絶対にしないって決めてたのに、こっち側に造詣の深くない友達たちとカラオケに行って、マイナーアニメの主題歌を熱唱しちゃったみたいな。テンションの高さ的な意味で。友達とカラオケ行ったことないから予想だけど。
 ううん、どっちかっていうと後悔しないって決めて10連引いたのに、結果を見てやっぱり後悔してる、みたいな? なんかしっくりこないなぁ。
「わかりやすい症状だよね」
「もしかしてわたし……明日香先輩のこと、苦手になってるんでしょうか」
「いや待って。なんでそうなるの」
「だって明日香先輩とセンパイのお話が聞こえてきたらなんでかムッとなってしまって、引きずっちゃって。わたし、あんなにやさしい明日香先輩に含みのある嫌な人間になっちゃったのかなって」
「んー、もうマジメに話す気がしないんだけど」
「ちょっと確かめてみます」
 わたしは明日香先輩のところに向かった。窓果先輩と何やら話している。
「ん、どうかしましたか真白ちゃん?」
「お、真白っちも白熱のシャワー談義に混ざる? やっぱお湯の勢いが痛いくらい強くないと、シャワーを浴びてる気がしないよね!」
「ちょっと抱きしめさせてください。ぎゅー」
「え? え? ええっ?」
「ふくふくですね」
「おお、なんかよくわからんけど、私もやるやる。今こそ兄ちゃん直伝の鯖折りがうなるとき」
「え、窓果ちゃん今なんて……きゃ~っ!?」
 早々に目的を果たしたわたしは、悲鳴を背にみさき先輩の元へと帰ってきた。
「わぁ……可哀想に。……で、どうだった?」
「嫌かなって思ってやってみたんですけどわたしむしろ明日香先輩のこと大好きですね」
「ま、真白ちゃん助けて~!?」
「ん~、どういう理屈の結論かわからないし、そのわりに聞こえないふりとかひどい仕打ちだと思うけどなあ」
「でも原因が明日香先輩じゃないなら、どうしてわたしはあんなことをしちゃったんでしょう」
「晶也が好きだからでしょ。気になるとか……なんでキョトンとした顔してるの」
「いえ、だって……」
「なに?」
「ふふ、そんなわけないじゃないですか。わたしはみさき先輩がだーい好きなんですよ?」
「そう言ってくれる気持ちはありがたいけどさ……」
「あ、わたしちょっと外で乾かしてたタオル取ってきますね」
 みさき先輩の制止の声には気づかないフリをして、わたしは部室の外に出た。
「……ふう」
 外に出たというよりも、逃げてきたのかもしれない。
 だって少し傾いたとはいえ夏の日射しに晒されてるのに、気にならないくらい顔が熱い。
「好きって……やっぱりそうなのかな?」
「お、有坂。女子の着替えは終わったのか?」
「っ!?」
「ほら見ろ日向。女子の着替え時間は俺のスクワット200回と同じくらいのタイムなんだよ。今日はちと向こうが早いが」
「いや、部長はこなす速度が尋常じゃない……って、なにやってんだ真白?」
 反射的にわたしは顔が熱いのを誤魔化さねばと部室の壁におでこをつけていた。
「壁におでこなんかくっつけてたら昼間から残ってる熱で火傷するぞ」
 心配してくれたのかセンパイがこちらに近寄ってくる。
 それどころじゃないんです。センパイお構いなく……って熱っ!? 熱い熱い熱いなにこれほんと熱いやですからセンパイこっち来ないでって……!
 熱さと混乱で目がぐるぐるになったわたしは、
「きゃあああああああぁぁぁああああああ!?」
「うわ、ちょ、真白どうした……?」
「いくにゃんっ!」
 咄嗟に空へと逃げだした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 空の中で誰もついてきていないことを確認して、ようやくひと息。
「はあぁ~……だめだわたし……」
 それくらいしか出てくる言葉がなかった。

 そして翌日の練習。
「センパイごめんなさい。わたしにご指導お願いします。センパイごめんなさい。わたしにご指導お願いします」
 前日の自分の態度を反省し、謝罪の練習をしているわたしがいた。
「よし、今日こそはちゃんと謝ろう。……好きとか嫌いとかそうと決まったわけじゃないし」
 色々と思うところがないわけじゃないけど、わたしたちが果たすべき共通の目的を見失わないように。
 人差し指を左右の口の端に合わせて、にっこりと口角を上げる。
 こういうのは最初が肝心。はじめさえ上手くやれば、あとはなし崩し的にうまくいく! はず!
 千里の道も一歩から。まずは必ず謝ってみせる!
「センパー……」
「コーチ、今日もあれやりましょう!」
「いや、それで少しでも気持ちが入るなら、俺もコーチとして付き合わざるを得ないけどな。コーチとして」
「わたしに続いてくださいね。大好きです」
「大好きだ」
「大好きですっ」
「大好きだっ」
「だーい好きですっ」
「大好きだぁぁあああ」
 つまりはきっとその逆も然りで、そのすぐあとの練習で、
「あのさ、真白……真白さん?」
「…………」
「もう少し楽しい雰囲気で練習できるとさ……」
「……ごめんなさい」
「お」
「…………」
「…………」
 ぷいっと顔を背ける。
「いや、謝るだけ謝られて態度が全然軟化しないというのはさ……」
 もちろん今日も帰ったあとでベッドに正座して、膝の上に邪神ちゃんを積む羽目になりました。