noteでノベルゲーム『薔薇の城』 *6　赤の薔薇姫

本作『薔薇の城』は「noteで遊べるノベルゲーム」を目指して書いた物語です。物語を読み進め、記事の最後に現れる選択肢を選ぶことで、展開や結末が変化します。途中から読み始めた方は、ぜひ最初から読んで、ご自身で選択肢を選んでみてください。

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赤の薔薇姫

「助けて、ヒヨドリの御子みこ！」

　あらん限りの力を込めて叫ぶ。

　その瞬間、聖堂の薔薇窓が割れ、黒い影が宙を舞い、私と薔薇姫の間に立ちふさがる。

「もう少し、早めに呼んでもらいたかったが」

　傷付いた私の姿を見て、ヒヨドリの御子みこは肩を震ふるわせる。

「ごめんなさい、でも、私……」
「構わない、私は許す。君の全てを許す」

　突如とつじょ現れたヒヨドリの御子みこの背中に、薔薇姫が剣を振り下ろす。しかし、ヒヨドリの御子みこは振り向きざま、鳥の足に握にぎった短剣で易々やすやすと受け止める。

「彼女は──私の花嫁だ」

　鳥の足で握にぎったその短剣は、微動びどうだにしない。薔薇姫が幾度も幾度も剣を振り下ろすが、ヒヨドリの御子みこはいとも容易たやすく弾はじき返していく。逆上した薔薇姫の大振りな一撃を、ヒヨドリの御子みこはすかさずかわし、一歩踏み込んだあと手元を素早く狙い、振り払った。その衝撃で薔薇姫の手から剣が離れ、母子像の背後のタペストリーに突き刺さる。

「人間風情ふぜいが、神に剣で敵かなうとでも？」

　薔薇姫はゆっくりと後ずさり、距離を取る。

「へえ……貴女の神様とやらはコイツのこと？」
「そうよ、鳥の王よ。ねえ、薔薇姫、もうやめましょう」
「やめる？　やめるって何を？　私はまだ貴女を殺してないわ」

　ヒヨドリの御子みこが、静かにその短剣を薔薇姫に向ける。

「人間よ、やめるんだ。これ以上私の花嫁を傷付けるなら、容赦ようしゃしない」
「貴方、鳥よね？」
「いかにも」
「なら、これはどうかしら？」

　薔薇姫が、背中に背負ったクロスボウを構える。

「鳥を撃つにはおあつらえ向きだわ」
「やってみればいい」
「クソ鳥ッ！」

　薔薇姫はクロスボウの引き金を引く。目にも止まらない速さで撃ち出されたボルトは、しかしヒヨドリの御子みこには届かない。ヒヨドリの御子みこはもう一本の鳥の足を前にかざしていた。鳥の足とボルトの間に、空気の渦が見える。その空気の渦にボルトは阻はばまれ、そのまま宙に浮いて静止した。

「くそッ、くそッ、クソが！」

　薔薇姫が何本ボルトを撃っても、その全てが空気の渦に捉とらえられてしまう。

「私たち鳥が、この世でもっとも風を自由に扱あつかえるのだ。人の目ならともかく、我々神の目が、そのような緩慢かんまんな矢をとらえることは造作ぞうさもない」
「へぇ……でもアンタは守ってるだけよ。私を止めることはできないわ」

　宙に浮いていたボルトが、瞬時に向きを変え、薔薇姫を狙ねらう。

「風を操あやつれる、と言ったはずだが」

　一斉に、宙に浮いたボルトたちが、薔薇姫に向かって飛んでいく。

「チ……ッ！」

　無数の矢が、様々な方向から薔薇姫に向かって飛ぶ。

「糞くそッ！」

　薔薇姫は跳とび、身体を捻ひねりながら矢をかわし、母子像の背後に回る。母子像に幾本もの矢が突き刺さり、母子像の上半身は粉々に崩れて吹き飛ぶ。崩れかかった母子像の裏に身を潜ひそませながら、薔薇姫は荒い息をついている。

「まだ終わっていない」
「？！」

　いつの間に回り込ませていたのか。母子像の背後上空に、ヒヨドリの御子みこは一本の矢を浮かばせていた。

「これは、我が花嫁の肩を切り裂さいた分」

　空気をつんざく金切かなきり声を上げながらボルトが飛び、薔薇姫に突き刺さる。薔薇姫の声にならない悲鳴が上がった。ヒヨドリの御子みこは鳥の足で指を鳴らす。母子像を撃ち抜いたボルトたちが母子像から離れて宙を舞い、上空から再び薔薇姫を狙ねらう。

「それから、我が花嫁の乳房ちぶさをえぐり、股ももを貫つらぬいた分」

　再び甲高かんだかい音を立ててボルトが薔薇姫に向かって垂直に降り注そそぐ。

「避よけて、薔薇姫！」

　私の叫びに気付いた薔薇姫は、上半身を大きく後ろに反そりながら後ろに飛ぶ。垂直に降る矢は薔薇姫をとらえることはなかったが、地に着くことなく、そのまま空中で今度は水平に向きを変える。

「跳はねたな？」
「しまっ──」
「舐なめるからだ」

　宙に浮いた薔薇姫を、水平に唸うなる矢が刺し貫つらぬいていく。幾本もの矢に引き千切ちぎられ、薔薇姫の右の乳房ちぶさが吹き飛ぶ。残りの矢は薔薇姫の太股を穿うがち、貫通していた。

「ギャアアアッ、私の、私の胸が！」
「君には悲鳴を上げる資格なんてない。君は同じことを、私の花嫁にしたのだから」
「やめて、ヒヨドリの御子みこ、薔薇姫を傷付けないで！」

　叫ぶ私を見て、ヒヨドリの御子みこは穏おだやかな様子を見せる。

「殺さないよ。どのみち彼女は──」
「殺す」

　見れば、薔薇姫は胸から血を流しながら、それでも残ったハンマーを手にしていた。

「殺してやる」

　ヒヨドリの御子みこは悲しそうに首を振り、静かに短剣を薔薇姫に向ける。

「君には殺せないよ」
「それはどうかしら」

　ヒヨドリの御子みこを睨にらみつけ、語気ごきも荒く薔薇姫が言う。

「そんな短剣一本で、この巨大なハンマーと渡り合うつもり？　リーチの差で私の勝ちだわ。短剣ごとその鳥の足、粉々に砕くだいてやる」
「君は簡単に殺すと言ったが、殺すと言っていいのは自分が殺される覚悟がある者だけだ」

　薔薇姫が嗤わらう。

「殺せるものなら殺してごらんなさいよ」
「すまない、花嫁、こうなっては殺さないわけにはいかない」
「えっ」
「私も、死ぬわけにはいかないのでね。許してくれ」

　短剣の先でゆっくりと宙に輪を描きながら、ヒヨドリの御子みこが言う。

「応こたえよ、百ひゃくなる一いちの剣つるぎ！」

　弧を描えがくように揺れながら、その短剣がゆっくりと伸び始める。伸びた剣先が突如二股ふたまたに分かれ、再び伸び、そしてさらにそれぞれの先端が二股ふたまたに分かれる。無数の糸のように伸びた剣先は、薔薇姫の周囲を球状に覆おおい尽つくし、うねうねと曲がりながら獲物えものを狙ねらう蛇の頭のように揺れ動く。

「神に刃やいばを向けた報むくいを受けよ。死をもって贖あがなえ」

　刃やいばの鳥籠とりかごに囚とらわれた薔薇姫を、無数の剣先が刺し貫つらぬいていく。彼女は悲鳴を上げることもなかった。頭部を貫つらぬかれ宙に吊つり下げられた薔薇姫の、両の腕と足はダラリと垂たれ下がっている。一瞬、首をもたげた蛇のように動いた無数の剣先は、次の瞬間には彼女の全身に突き刺さり、その直後ミキサーのように回転した。先ほどまで白の薔薇姫だった身体は、バラバラの赤い肉塊に引き裂さかれ、落ちた。

　スルスルと音もなく無数の剣先は縮ちぢみ、やがてまた元の一本の短剣に姿を変えた。耐たえられず私は叫び、薔薇姫に駆け寄る。

「いや、嫌よこんなの、薔薇姫！」
「落ち着くんだ、花嫁」
「嘘よね、こんなの全部嘘なんだわ、城が壊されるのも、貴女が引き裂さかれるのも、全部悪い夢を見ているの」
「話を聞け！」
「お願い、私、貴女なしに咲けるわけないじゃない！」

　その瞬間、私の薔薇が、かつてない光を放はなって咲いた。花弁に付着した血や尿が蒸発し、青白い燐光りんこうをまとって辺りを包む。

　薔薇姫の姿は、もうどの肉塊が身体のどこだったのか分からない。赤い肉塊の群れの中から赤い血がゴボゴボと湧わき立ち、薔薇姫の微かすかな声が聞こえる。

「ねえ、私、今、どんな色をしているの？」
「白よ！　貴女が白でなくて、誰が白だって言うの」
「……」
「薔薇姫？」
「貴女──今日の貴女、綺麗よ。本当に綺麗」
「貴女には敵かなわないわ」
「もちろん、そうよ、そのはずよ。ねえ、薔薇姫」
「なに？」
「私、貴女のこと──」

　言葉はそこで途切れた。真っ赤な薔薇姫の肉塊は一瞬で灰になり、崩くずれた。

「薔薇、姫？」

　抱き締めていた私の両手に、灰が積もっている。

「薔薇姫、嫌よ、私を一人にしないで……」

　灰はひとりでにこぼれ落ちる。

「だ、駄目よ。薔薇姫が、崩くずれちゃう。灰を、灰を集めないと。身体がなくなってしまうわ」

　私は震ふるえる手で灰をかき集める。

「なくなっちゃうわ。薔薇姫の身体を、集めないと」
「もう止よせ」

　ヒヨドリの御子みこが、鳥の足で私の手を押さえる。

「彼女は死んだ」

　城内に侵入した諸王の兵士たちの声が聞こえる。

「嘘よ」
「認めろ、死んだんだ。私が、殺した」

　兵士たちの声が、聖堂にも近付いてくる。

「掴つかまれ、私の首に」
「嫌……」
「もうそこまで兵士が来ている！」
「嫌よ、薔薇姫がいないのに」

　ヒヨドリの御子みこは鳥の足で無理矢理私の両手を引っ張り、胸に腕をかけさせた。

「悲しむなとは言わない。私と結婚もしなくていい。彼女を殺したのはこの私だ、私を恨うらんでくれて一向に構かまわない。でも、頼むよ」

　そう言って、鳥の足に力を込める。

「生きてくれ、お願いだ」

　私はヒヨドリの御子みこへと回した手に、力を込める。

「本当に、すまない」

　ヒヨドリの御子みこが、絞しぼり出すように言う。

　私たちが聖堂のステンドグラスを破って外へ出るのと、諸王の兵士たちが中に入ってくるのは、ほぼ同時だった。きっと兵士たちは困惑するだろう。ステンドグラスがひとりでに割れ、その場には灰が積もっている。そして、城のどこを探しても白い薔薇姫を見つけることはできない。

「森は、動物たちはどうなったの？」
「森は駄目だめだ、全焼だ。元の姿に戻るには何千年もかかる。動物たちは、怪我人が多いが死者は少ない。皆、鼻がいい。木の焼ける臭いで逃げ出していたからね」
「良かった」

　城の中に入った諸王の兵士たちは、城内に誰もいないことに困惑しているようだ。あの様子なら、薔薇姫が灰になって死んだことも、城の者たちが地下水路から逃げたことにも、気付かないだろう。

「君はこれからどうする」

　ヒヨドリの御子みこが、私に尋たずねる。

「隣町に、皆を逃にがしたわ。合流しないと」
「そのあとは？」
「それは……隣町にはいられないわ、諸王の追撃を受けてしまうもの。どこか、誰も知らないどこかへ行かないと」
「山がある」
「えっ」
「かなり先になるが、山と山の間に、小さな丘陵地がある。まだ人間の手付かずの場所だ。君たちを案内するよ」
「でも、動物たちは？」

　私の言葉に、ヒヨドリの御子みこがふと笑う。

「新しい首領しゅりょうを決めてきた。私ほどの技量ではないが、任せておいて大丈夫だろう」
「私たちを、生かしてくれるの？」
「君が、望んでくれるならば」
「そうね……。ええ、私、望むわ。今は生きなければならないの。お願い」
「先に言っておくが、私の顔は怖い。皆に取り計はからってくれ。食欲も旺盛おうせいだ」

　遠ざかる城を見ながら、お別れを言う。さようなら。私たちの、薔薇の城。

　隣町に着いた私たちは、城の者たちを連れて、長い長い旅をした。旅の間、森や山で生き延びる術すべをヒヨドリの御子みこが皆に教えてくれた。たくさんの山を越えた先の小さな丘陵地に、私たちは地図に載のらない小さな村を作り、穏おだやかに過ごした。そして二度と薔薇の城に戻ることはなかった。

　諸王たちは最初こそ互いに協力し合ったが、結局いがみ合い、戦争になった。牽制けんせいし合い、足を引っ張り合ううちに、南から侵攻してきた別の民族に征服されたと風の噂に聞いた。

　失った右の乳房ちぶさと貫つらぬかれた右太股の傷が癒いえた頃、私とヒヨドリの御子みこは同じ家で住むことにした。結婚はしなかったが、私たちは共に支え合い、幸せに生きた。私が老いさらばえ、この世を去るその時も、彼の黒真珠のような二つの目が私を見守り、私の胸の奥できらめいていた。

【完】

　最後までお付き合いいただきありがとうございました。『薔薇の城』の物語はここで終わりますが、スタッフロールにお付き合いいただけると大変うれしいです。

• スタッフロール、開発後記