映画『彼の見つめる先に』

 映画『彼の見つめる先に』を観た。久し振りに映画を観た気がする。人によって好みはあると思うけど、僕はとても気に入った。

 舞台はブラジル、サン・パウロ。主人公レオは、全盲の高校生の男の子。でも普通の高校に通って、健常者の同級生たちと同じ授業を受けている。ノートは取れないから、隣の席に座っている幼なじみの女の子ジョヴァンナの力を借りながら、点字のタイプライターでノートを取っている。通学も、レオとジョヴァンナは一緒。ジョヴァンナはレオをわざわざ遠回りして家の前まで送ってから、家に帰る。二人はとても仲良し。

 レオはいつか愛する人とのキスを夢見ていて、ジョヴァンナは身を焦がすロマンスに憧れている。

 そこへ、転校生の男の子ガブリエルがやってくる。周囲の同級生がレオが目が見えないことをからかったり、時には酷いことをする中、ガブリエルはそんなことを意に介さず、二人に接してくる。レオ、ジョヴァンナ、ガブリエル、三人は仲良くなっていくが、どういうわけかお互いの気持ちがすれ違い始めて──という物語。

 まずはインクルーシブ教育について触れているところが気に入った。インクルーシブ教育というのは、障害のある人も健常者と同じ授業を受けて、共に過ごすという教育のあり方。日本で高校でインクルーシブ教育を実施している学校はないんじゃないだろうか。ブラジルにはこれがある、ということ。

 インクルーシブ教育の対局にあるのが特別支援学校・学級という形で「障害のある人に合わせた」教育を行うやり方。一見、これの何が問題なの? と感じる人もいると思う。実際、障害のある人に健常者と同じカリキュラムを課す方が無茶なんじゃないの、って見えるかもしれない。でも、障害者差別の根源はこの時点で生まれている。「障害があるから普通ではない」という見方が既に介在しているからなんだけど、これ、分かる人少ないよね。

 インクルーシブ教育の利点は他にもあって、障害のない人も一緒に学ぶことで、障害のある人のことを知ったり、一緒に生きていくにはどうすればいいのかを子どもの頃から考えることができるようになる。日本では少ない様態なのだけれど、僕は少しでもこれが広まってくれたらな、って考えている。もちろん、そうなると担任の先生含めて学校の先生たちの負担が増える。それを解決する方法は容易じゃない。それにデメリットもある。逆に障害のある人へのいじめや差別を助長する恐れがある。簡単な話ではない、それは分かっている。

 世界ではインクルーシブ教育を導入するべき、という意見が強まっている。2006年の国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」第24条で“障害のある人が成人教育や生涯学習も含めて、インクルージョン教育制度の下に良質な教育を受けられる公平な機会を与えられること。個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。さらに障害のある人も教員に採用し、点字や手話の学習やそれらの利用できる機会を確保する。“と定められた。日本政府に対して、国連からは幾度も改善勧告が出ているけど、ことごとく無視されている。

 実際、この映画の中でもインクルーシブ教育が上手く機能しているとは言えない描写が多い。物語の必要からある程度レオが辛い目に遭うことは予測していたけど、なかなかに陰湿だ。だから、観ると自然と怒りを覚えるし、それを一掃してくれる親友のジョヴァンナやガブリエルの姿は痛快だ。そして最後には、レオが自分でそうした偏見をはねのけて見せる。とてもいいラストだ。

 ここからは、ちょっとネタバレ。

 ジョヴァンナが主人公レオのことを愛していて、彼の初めてのキスの相手になりたいこと、彼女の望む「ロマンス」の相手がレオのことなのは明白で、序盤はヤキモキさせられるんだけど、終盤、レオはジョヴァンナにアッサリと自分の《本心》を告白してしまう。これが結構アッサリしてて、聞いた僕が「えっ、嘘、いつから?」って言ってしまったくらいなので、相当あっけらかんとしていると思っていただいていい。結果、ジョヴァンナはひどく傷付くことになるのだけども、このアッサリ具合が若さを感じて良かった。

 その後、ど、どうなるの、この三人……という僕の心配をよそに、これまたビックリするくらいアッサリとハッピーエンド。僕は軽いハッピーエンドの映画があまり好きではないんだけど、この映画に関してはこの「軽さ」がプラスに作用してて、心地よく観終わることができた。

 あとね、エンディングの歌がとても良かった。エンディングの画も素晴らしいんだけど、目が見えないレオが「自転車を漕いでいる」んですよ。ガブリエルと二人乗りで。危なくてたまらないじゃないですか。レオの顔はややひきつり気味なんだけど、ガブリエルは屈託なく笑っていて。「よーし、大丈夫、このままこのまま!」ってレオに指示しながら、ヒャッホーゥ! とか雄たけび上げちゃってる。そこへ流れてくる歌詞が「一人では 家に 帰りたくないんだ」っていう歌い出しで、歌詞だけ見ると暗く思えるけど、間違いなく希望に満ちた歌で。

 本編で、ガブリエルはレオを「本当に普通に扱う」。目が見えないレオを気兼ねなく映画に誘ったり、音楽を流して一緒に踊ったり、お酒を飲んだことがないレオが初めて飲んでみたいと言った相手もガブリエル。そうして、例え目が見えないレオにも、映画館で「今、女が怪物に襲われて助けを求めてるんだ」って説明を面白おかしく囁きながら笑い合ったり、「踊らなくていいから、思うままに足を動かしてごらんよ」って一緒に踊ったり、「これはウォッカだ」って言ったり、そうやって対等な一人として接する姿が、とても美しかった。外見ではなく、人としての姿勢。そうしてレオは自分を一つ一つ解放していって、目が見えないけれど留学を目指すという道を選ぶ。三人は距離が離れてしまうけど、その友情はきっと続くんだろうな、と思った。

 筋書きはよくある話なんだけれど、描写が丁寧で瑞々しく、美しい映画だった。

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