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2024.8 LOLITA

8月。
かつてフリマサイトで売り捌いたお洋服を買い直した。

BABY, THE STARS SHINE BRIGHTのリボンリボンジェラートサンドレス(2009/ss)。
15、6年前によく着ていた服。
胸に三連のりぼん、スカートには薔薇のレースがついている。
現行で発売されているサンドレスは胸のりぼんがサテンリボンだが、2009年当時はグログランリボンだった。
写真には写っていないが首元はホルターネックになっていて、首の後ろにちょうど大きなりぼんが結べるようになっている。
他にも複数、見つけては買い直した。

BABY, THE STARS SHINE BRIGHT ハートいっぱいトランプカチューシャ(2009/aw)のほか、シャイニーリボンカチューシャ(だったと思う)、など。
他、つい手が伸びて、新しくスカートも買ってしまった。

過剰な布の量。ロリィタ服特有の。見ているとアドレナリンが誘発される。
大量の布、レース、フリルでしか癒されない心がある。

「ロリィタ」と呼ばれるストリートファッションが、かつてあった。
そして今もある、あるらしい、らしいのだが、今、ロリィタをどこでどの層が着ているのかは、いまいちわからない。
てっきり人々に少しずつ浸透していき、ロリィタ「テイスト」のお洋服に紛れて、薄く薄く伸ばされた果てになくなったんだと思っていたが、BABYもアンプリもメタモもアトリエピエロも確かにまだある。

ほんとにまだある。
ちなみに先日勤務先のギャルに教えてもらって知ったが、リズリサもアンクルージュもリッスンフレーバーもまだある。
しかもターゲットの年齢層が変わっていなくて、長年、若者の心を捉える服づくりをし続けている姿勢には驚嘆しかない。

閑話休題。
なぜ10代の時に着ていた服を今更買い直しているのか。
理由はたぶん色々あるのだが、ようやく好きなものを堂々と好きと言える、好きな服を邪魔されずに着られる年齢になった、というのが大きい。

私がロリィタ服を着ていた頃、10代後半から20代前半にかけて、色々あった。
サブカルおじさんに粘着されてロリィタとジェンダーについて延々と語られたこともあったし、知らないオタクに家まであとをつけられたこともあった。化粧が薄いと女子からロリィタでその化粧はないと面と向かってわざわざ言われ、ビニール傘をさせばロリィタ女子からメゾンの傘をさせと言われ、結婚したのちはよう知らんおっさんから自分本位な格好をするな旦那が変な目で見られると言われ、SNSにロリィタ服を着た自撮りをあげればネトストから前と比べて明らかに劣化してるイタいとわざわざDMが来て、外出中に見知らぬおばさんにいきなり服を触られてコスプレ?と聞かれたこともあった。その他にもあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

うんざりだった。

もちろん楽しい思い出もたくさんある。
でもそれ以上に精神面の消耗がものすごく激しくて、疲れてしまった。
普段着を好きに着ているだけでなんでここまで消耗せねばならぬのか、好きより充実より疲弊が大きくなった時、ロリィタ服を全部売り払い着ることをやめた。

こんなにかわいいりぼんを捨ててしまった。

それからはや幾年。
私は来月、32歳になる。
ふと思った。私に対してぶつかってきたサブカルおじさん、おばさん、ロリィタ女子、女子、誰からも相手にされない年齢になった今こそ、ロリィタを思い切り着られるのではないかと(基本的に前述したような人々は自分より人生経験が浅そう/弱そうな人間にしか絡めないので、30代の女は彼/彼女らのターゲットから外れるのである)。

今なら。
今からなら着られる。
誰にも邪魔されることなく、ロリィタを。

お洋服を買うついでに、当時のカタログも買い直した。
初めてBABYでお買い物をしたとき、カタログをもらって嬉しくて、家でさんざん眺めた。青木美沙子ちゃんも深澤翠ちゃんも可愛くて天使みたいで。
田舎で着るロリィタは目立ってしまったが、東京に出ると全く目立たなくて、感動した。ここなら思う存分好きな服が着られると思った。息ができた。
それなのに捨ててしまった。
今でも大好きなのに。

もう一度大事にしたい。
好きなものを好きと言って、もう手放さなくていいように、大事にしたい。
今からならできると思う。それなりに強くなったし。

とりあえず買い直したいものがたくさんあるのが幸福な悩みの種だ。
パニエも靴下も靴も全部買い直したい。
当時売り払ったお洋服はほぼプレミア価格みたいになっているけれど。

好きなものを好きと言えるって、しあわせ。

私は、これからもずっとロリィタが好きです。






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