生のおもろ、死のおもろ

最近、文化を「生」と「死」で分別することにハマっている。

三島由紀夫は死。東海オンエアは生。オモコロは死。ノッキンオンヘブンズドアは死。ねこおじは生。太陽を盗んだ男は死。ニルヴァーナは死。バチェラーは生。

だんだんわかってきた?↑おれは死のコンテンツが好きなので死寄りになった
言い換えるならば、そのコンテンツの発するパワーの陰陽みたいなもの。

おれはパワーの強すぎる/明るすぎる人やコンテンツは苦手で、上手に受け取れない。なんというか、「生すぎるなあ」と思う。命がまっとうすぎる。

この生死分別法を習得していると、自分の気分にあったものを正しく鑑賞できる。死の気分のときに「元気出すか〜」と思って21ジャンプストリートを観て「なんかちがうな〜」となるアレを、回避できる。

今日は完全に死寄りなので、the smithsを聴いて野獣死すべしを観て寝る。おれの完璧な死・フルコース。

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