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たぶん友人であって 友人ではなかった君

「タバコは嫌いなの?」

「うん、苦手。煙が好きじゃないの。
 あ、でもシーシャは嫌じゃなかった。電子水タバコも」

「なんだ。好きじゃん、タバコ」

そういってバーの外で笑った君
好きだという言葉が
自分についてのことじゃないみたいで
まだ私も知らない私がいるということに
少し救われた気がした

空になった緑色のビール瓶が道に転がって
目の前には煙が流れていく
バーの中からは強い低音のビートが響いてくる

店先の壊れかかった看板の電灯が点滅して
君の少し明度の低い金色の髪と緑色の瞳が
浮かび上がっては消えた

私はポケットに手を入れて
踵を上げたり下げたりしながら
冷たい空気を飲み込んだ

「ベートーベンのピアノソナタってさ、ときどき
 冷たい張りつめた暗闇の空気のなか、薄雲がかかった月明かりの 
 ように、あるいは白いパールのように輝いた音がするんだ。
 その音色を見つけるとね、1人で歩いたヴュルツブルクの夜を思い出すん  
 だ。その夜は月が冷たかったの。それで、なんでか泣きたくなって」

君はタバコの火を消して
そっと肩を貸してくれたね
思い出にすがっているのに
君は 誰のことを想っているか
詮索もせずに 見逃してくれた

そういう些細なこと
最近よく思い出すの




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ベートーベンのピアノソナタの感想、
父にしか共感してもらえたことない笑


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