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がんばらないけど温かい町、酒田

往年の「なんとなく」

なんとなく酒田に行ってみたいと思っていた。なんとなくだけど何年もそう思っていた。でも、なんとなくだから酒田に何があるのかはずっと知らずにいた。

19歳の夏休み、ふと見かけた青春18きっぷのポスターをきっかけに猛烈に五能線に乗ってみたくなり、特急を乗り継いで新潟から青森まで行こうとした。結局、お金がなくてその旅は夢半ばになってしまったのだけれど、それゆえに、何度もたどった路線図のひとつひとつの駅や特急の名前が、遠いまぼろしとなって脳内のあこがれフォルダに記憶されることとなった。「酒田」もそのひとつ。なんとなくというのはそういう理由である。

今回、たまたま新潟に行く用事ができたので、せっかくならと、まぼろしだった「酒田」「特急いなほ」をあこがれフォルダから思い出フォルダに移管することにした。



旅の記録

3月24日(金) 20:00

夜行バスに乗り込むまでの間、日本橋のルノアールで時間をつぶす。御手洗に、とても狭い更衣室があった。従業員用ではなく明らかにお客さん用。なぜだろう。

バスの到着する東京駅まで歩く途中、あちらこちらから酔っ払いたちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。今日は花金だものね。ところで人間って酔っ払うとどうしてあんなに楽しそうに笑うんだろう。おかしくてたまらないみたいな風に笑う。

3月25日(土) 7:00

酒田港に到着。

おつかれさま。

みな酒田駅で降車したらしく、終点の港で降りたのは私ひとりだった。湾になっているためか、波はほとんどない。向こう岸にコンビナートが見える。ふらふらと静かな船着場を往復してみて、それから海鮮丼を食べた。

空き缶みたいに踏みつぶせそう。
目みたいでかわいい。

8:40

港から駅前の喫茶店まで歩く。古い商店が細く静かに息をしている。あたらしいお店はほとんど見かけなかった。コンビニもひとつもない。

きいろ兄弟
麺屋さんの壁が乾麺みたいだった。

頑張らないけどそれなりに、という雰囲気。これでいいのよねと思う。活気がなくても、生気があればいい。途中、青果屋さんでせとかを買った。特急の中で食べようと思う。

レトロビル発見。
キャバレーだった。
昨年閉店してしまったらしい。
あまりにジャンボで笑っちゃった。
写真だとあまり大きさが伝わらないのがくやしい。

9:20

木戸銭という粋な名前の喫茶店に入る。扉を開けると、可愛い黒柴が出迎えてくれた。この子のための木戸銭だったか。んだんだ〜と山形弁が飛び交う。優しいママがお白湯を持ってきてくれた。温まる。ブレンドを注文。

酸味がつよめ。

「ありがどね、いってらっしゃーい」と送り出してくれた。

10:10

乗るバスを間違えた。日本海総合病院の前を通る。昨日の夜に行った東洋というレストランには敵わないけれど、スケールの大きい名前がどうしても好きだ。

11:15

のんびり歩いて、ようやく土門拳記念館にたどり着いた。途中、しゃがんでつくしを見たり、変わった模様のブロック塀をみつけたり、まっすぐのびる畦道を眺めたりした。どこまでものどかだった。

井。
田んぼの向こうは最上川。

11:40

土門さんの写真は、どれも、とても素晴らしかった。仏像から子どもまで、写すものは様々だが、被写体が芯から発するしなやかな美しさが、共通して強く伝わってきた。切り取り方が抜群に上手い人なのだろう。被写体の魂の一部まで切り取って写真に収めているような感じがする。特に仏像を部分的にフォーカスして写した写真には感動した。土門さんが何を感じ取ってこの構図でシャッターを切ったのか、ビンビン伝わってくる。ポストカードを購入した。

谷口吉生建築。らしさが出ている。

12:20

丁度よい時間のバスがなかったので、ふたたび30分ほど歩いた。高見台という地名のとおり、最上川を見下ろせる喫茶店でお昼ごはんをいただく。

階段のあせた赤シートもいい。

どうやら今日の一番客だったようだ。窓辺に並ぶ革張りのソファに腰掛けると、ふっくらと沈み込んだ。

いい広さ、いい造り。

湯気が立ち昇るお手ふきを、手のひらであちちと転がしたあと、穏やかな川の流れをときおり眺めながら銀皿のナポリタンをゆっくりと味わった。

あつあつおしぼり。
銀皿ってのが、たまんないワケ。

14:00

新潟に向かう特急の時間が近づいてきたので、タクシーに乗って酒田駅へ向かう。運転手のおじちゃんに正面に見える高い山は何かと尋ねたら、鳥海山という山で、東北で二番目の標高だと教えてくれた。酒田側から見ると頂上が二つだが、秋田側から見ると一つに見えるらしい。それから、酒田の気候のことや名物のことをいろいろ教えてもらった。駅に着き、また来てねと見送ってくれた。いつか岩牡蠣を食べにこようと思う。夏がいい。冬は吹雪がこたえるようだから。

何度このリュックと旅行に行ったかわからない。

15:30

特急いなほのカラーリングと愛らしいお顔にトキメキを感じつつ乗車。

なんてかわいいの。

シートは東北らしい、半纏のような柄で、頭の部分に錦糸卵みたいなカバーがかかっている。温かみのある列車だ。

オムライス

でも、さすが特急。グンと加速して日本海沿いを勇ましく進む。

太陽が、沈むほどにその大きさを増す。しめ縄のかかった剥き出しの岩が、夕日を背に黒くそびえ立つ。反対側をみれば今は休憩中の田園がどこまでもつづく。稲穂の季節はきっといちめん黄金色に輝いて、さらに素晴らしい景色になるのだろう。

あのとき乗ろうとしていた特急のひとつである「きらきらうえつ」が引退してしまったときは後悔したけれど、すこしでも憧れを現実にできてよかった。過ぎゆく景色を眺めながらちょっぴり感動する。

憧れフォルダに残ったままの酒田から先の駅も、いつか訪れてみたい。

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