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アルティメット日傘老人

朝、会社までの道のりを歩いていたら、モーセのように人波を割って直進してくるパラソルが見えた。

なんだろう。
こんな時間にモノ売りだろうか。

ベージュというのか、グレーというのか、地味な割に大きいそのパラソルは、急ぎ足の群れに逆行してゆっくりとこちらへ向かってくる。

訝しみながら、迫りくるパラソルを見つめる。

そして、私の前を歩いていたサラリーマンや高校生がそれを避け、ようやく正体が現れた。

!!

目にした瞬間、心のシャッターを切った。

パラソルの正体、それはマイ日陰をはこび歩くおじいちゃんだった。柄はどうやら、台車に乗せたビール樽に刺さっているらしい。それにしても大きい日陰だ。おじいちゃん3人入っても問題ない。急な井戸端会議でも抜群の安心感を発揮するように思う。私も傘下に入りたい。

斜めがけしているのはポータブルラジオ。パラソルの下でラジオを聞くだなんて、そこだけ切り取れば村上春樹の小説みたいだ。

パラソルの柄とは別に、もう一本、なにやらニョキっと木の棒が伸びている。棒の先にあるのは——

間違いない。
ワンカップ大関だ。

それはまるで獲ってきた敵の首かのように誇らしく掲げられていた。アルティメット日陰号のシンボルなのだろう。逆さまに引っ掛けられたワンカップ大関は、台車の振動でガタガタと揺れていた。

ああ、おおらかなる自由!

かかとをひるがえして彼のゆく末を見守りたい気持ちをぐっと堪え、わたしはまた、割られた海の一部になった。

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