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一人の命を救った日


2024.06.02(日)  曇り/ 雨



一人の命を救いました。
救ったと言っても倒れているのを見つけて救急車呼んだだけだけど。




最近、住民がいなくなった小汚い廃アパートをリフォームして再度売りに出すのが私の地域で流行ってる(?)らしく、私の家の斜め向かいにある廃アパートからもリフォーム工事をしている音がたまに聞こえてくる。
事業の優先度が低いのか、全然進んでないっぽいけど。


昨日の21時頃、仕事から帰ってきて車を降りたら、その廃アパートの方から男性の唸り声のような音が聞こえてきた。
何か言葉を喋っているようにも聞こえたけど、こんな時間に廃アパートから男性の唸り声が聞こえてくることが怖くてたまらず、足早に家の中へ駆け込んでしまった。

というのも、その廃アパートにまだ住人がいた頃(10年近く前だけど)色々とトラブルがあって、不審者、精神病患者、前科持ちの人が住んでいるので()絶対に立ち入ってはいけないと言われていたのだ。

その後は何もなかったかのように、忘れるように、いつも通り帰宅後の時間を過ごして眠りについた。




そして今日。14時半頃。
仕事がお休みだったので家でPC作業をしていたが、なんとなく風を浴びたくなって外に出た。

玄関前に腰掛けて風を浴びていると、例の廃アパートの方から「助けて…助けてください…」と、微かなか声が聞こえてきた。
昨日の唸り声よりもずっと小さい声だった。

工事で何か手伝ってほしくて他の作業員を呼んでいるんだろう。そう思った。

そう思ったけど、もし事故や事件的なことだったら…とも思って、しばらく耳を傾けてみることにした。

20秒…40秒…1分…。
助けを求める声は止まなかった。
他の作業員がいる気配も全く感じられなかった。

これはやばいやつだ。
急いで廃アパートへ走った。



声のする方へ向かうと、男性作業員が仰向けで倒れていた。
顔は泥がはねていて青白く、足の上には大きなハシゴが覆い被さっていた。
足は骨折していて、肩も外れているように見えた。
どうやら屋根での作業中に転落してしまったらしい。

「大丈夫ですか!聞こえますか!」と声をかけた。

私の顔を見た男性は涙を流して
「本当にありがとうございます…生きてる…」
と消えるような声で言葉を発した。

重症を負って気も遠のいている中で真っ先に「ありがとうございます」という言葉が出てくるなんて、この方はきっと温情のある人なんだろうなと思うと胸が苦しくて張り裂けそうだった。

「もう大丈夫です!いま救急車呼びます!」
自分が羽織っていた薄手のジャンパーを男性に掛け、私はすぐに救急車を呼んだ。
電話では男性の状況のことなど色々と聞かれたが、自分でも驚くほど冷静に応答することができた。

救急車は10分ちょっとで到着した。
男性は右手が全く動かない、右足を叩いても全く感覚がなかった。
背中を思いっきり地面に打ち付けて、脊髄を損傷してしまっていたみたいだ。
本人曰く転落したのは昨日の18時頃らしいので、20時間ほどその状態で助けを求めていたことになる。
作業中でスマホを携帯しておらず、為す術がない状態だった。

(いや…現場に作業員一人はありえないでしょ…工事会社、どこだか知らないけど重大な過失を犯してしまったね)

救急車が到着した後のことはあまり良く覚えていない。
救急隊員がドクターヘリを呼んでいたことと、男性の車から財布とスマホを取って救急隊員に渡したことくらい。


到着から15分後、救急車は去っていった。
それと同時に雨がパラパラと降ってきた。
すぐに豪雨となり、男性が倒れていたあたりの土も泥と化した。

雨が降り出すのがもっと早かったら、あのとき私は外に出て風なんて浴びていなかったと思うとゾッとした。



びしょ濡れになりながら廃アパートを後にした。
涙が止まらなかった。

なんで昨日のうちに気づいてあげられなかったんだろう。
昨日のうちに気づいてあげていれば、こんなに長い時間痛みに耐えなくて済んだのに。朝方の雨を浴びることもなかったのに。寒かっただろうな。
うちの玄関の開く音や車のエンジン音が聞こえて人気を感じてるのに、気づいてもらえないのがどれほど辛かったか。
男性の、そして男性の家族の今後の人生はどうなってしまうんだろう。


もちろんわかってるんだよ。
ここの道を通る通行人は誰一人としていない、かろうじて声が届く家はうちしかない、そして私の両親は周りを気にしない(注意を払えない)から、助けを求める声になんて気づくはずがない、だから私が気づかなかったら男性がそのまま息を引き取ってしまっていたこと。私のおかげで男性が生きてるってこと。


一人の命を救ったというのに、自尊ではなく自責で苦しくなってしまうのどうしようもなく私だよね。





周りを気にしすぎだよとたくさんの人に言われてきたけど、音として聞こえる助けを求める声も、音として聞こえない助けを求める心の声も聞き逃さないように、これからも周りを気にしすぎる人間でいようと思いました。



この日、この経験、一生忘れない。

ご回復を心よりお祈り申し上げます。



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