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サッカーボールと絵の具 嵯峨野サイド(pixiv_2015年6月4日投稿)

槇と出会ったのは高校の時。
絵を運んでいる時に得も言われぬ衝撃があって、大丈夫かと声をかけられた。
見慣れた美術部員の人達じゃなくて、サッカー部の人が声をかけて来たのに少し驚いて。
色々心配してもらって。
取り敢えず絵を運ばないとという頭しかなかったから、痛みも特になく。
その時は顔も名前も覚えていなかった。
だから改めて教室で声を掛けられた時に、ようやくあの出来事は槇が起こしたことなんだと初めて理解した。

携帯電話を見ると、そこに俺の絵があって。
「俺の、」
と言えばやっぱりとばかりに笑ったその顔を、思い出すと今でもどきどきする。
不思議な感覚。
多分生まれて初めての。
「あ、俺2年10組の槇晴跳」
その時に抱いた気持ちは、今もあんまり変わってない。

騒がしく、賑やかなグループに槇は居て。
遠くに居ても笑い声がするからどこに居るかよく分かる。
以前まではよく見かけたサッカーをする姿が見えなくなった頃、図書館や帰り道によく会うようになった。
絵を見てもらう回数も増えた。
見る度に携帯を取り出して、俺に気付かれないように写真をこっそり撮っていたのを見た時にはちょっと誇らしく思えた。
特に絵が描きたいと思って描いて来たわけじゃない。
他の選択肢がある中、他のものが嫌いで、何も無くなった時絵だけがそこに残ってた。
これがなくなると他になくなるので、絵を描いていただけ。
テーマも何もない。
思うままに描いて、後はどうなろうと興味はなかった。
上手いね。
凄いね。
綺麗だね。
言われ続けたけど、自分ではどこが、としか思わなかった。
愛着も執着もない、ただの『絵』。
それが少しずつ変わって、大学でも絵を描こうと、思えた。
描こうとは思った。
でも槇と絵の話や他の話が出来なくなるなら、それは捨ててもいいと思ってた。
槇を好きなんだと思った。

そしてどういう因果か、一緒に住むことに、なってしまった。
学校が近いから。
断る理由は特にない。
槇のことが好きで堪らないから一緒に住みたくない、とは、やっぱり言えなかった。
作品描くのに忙しいから言い訳をしてと、何度も学校に泊まった。
帰る度に槇の匂いがするような気がして、おかしくなりそうになっていた。
一緒に居たいのに。
高校の時と同じように。
でも無理だなと思い始めた頃、俺が女の子と半同棲しているという根も葉もない話を槇本人から言われて。
否定して。
うっかり、「俺はお前が、」と口を滑らせた。
驚いた顔が止まった。
あぁもう駄目だと、目の前が真っ暗になった。
「…ここに住んでくれる人、探して、」
「…やだよ」
離れるいいきっかけだと思ったのに。
槇は俺を拒否する最後のチャンスだったのに。
「襲ったらどうするの」
冗談で聞いてみたら、
「返り討ちにしてくれる」
と男前の言葉が返って来て、俺は思わず笑った。
槇の笑顔につい「好きだ」と言ってしまって、もう離せないと思ってしまった。

好きで。
触れたくて。
でもそれは駄目だと、伸ばした手を引っ込める。
そんなことを繰り返し、いつも通りを装って槇と暮らす。
朝起きて、学校行って、帰ればそこに槇は居てくれて。
俺の気持ちを知っても退いたりしないで、同じで居てくれた。
それだけでよかった。
けど、
「何で何もして来ない」
その質問に驚いた。
そのまま腕を伸ばした。
もう引っ込めなくていいと、許可が出た瞬間に歯止めは利かなくなった。
「じゃあ、もう逃さないから」
最終警告は、ただ一度頷かれただけで終わった。

朱く染まって反応する体。
耐える顔は泣きそうで、枕に縋りつくその手を握りしめる。
おかしくなる。
AVみたい。
現実味がなくて、力任せにしそうで、泣き声みたいな喘ぎ声が聞こえる度にくらくらした。
黙るとそればっかりになって傷付けそうなのが怖くて、無駄に喋っていたら怒られた。
喋りたくなったらキスしろと、そう言われて、もうひたすらキスした。
見られたことのない熱の篭った目で槇に見られる。
ぞくぞくと背筋が震えていた。
もっと見たい。
もっと欲しい。
もっと喘いで欲しい。
中に入る時には、気なんか使えなくて。
力任せに、してしまったと思う。
全部終わって疲れきって寝てる槇を見て、ただ単に一方的な性欲の捌け口にしただけなのかなという後悔が半分。
残りの半分は本当に幸せだと、生まれて初めて馬鹿みたいに浮かれていた。

大学を出て、教授の手伝いや先輩からの依頼で絵を描くことも続いた。
その度に槇は携帯で写真を撮ってくれた。
気に入らない限りそんなことをしないのは知っているから、その度に嬉しくなった。
抱きしめても抱き返してくれる。
キスしても受け入れてくれる。
抱きたいと言えば、顔を真っ赤にして応えてくれた。
飽きない。
どれだけ居ても、どれだけしても。
槇もそうだと嬉しいけど。
引っ越ししても一緒に住んだ。
槇は地方を回ることが多く、休みがあまり一緒にならない。
頻繁にメールはし合うけど、電話は忙しくて互いにタイミングが掴めない。
そのうちに俺が海外に飛んだりするようになってしまったので、更に声を聞く機会は少なくなった。
それでも家に帰れば槇の気配はそこにあるような気がして、とても寛げた。
久し振りに一緒に入られる時は邪魔じゃないかと思う程側に居た。
それでも拒絶はされなくて。
一緒に居ると安心というよりは、完全に充電の時間だった。
インスピレーションもイマジネーションもこの時に全部もらう。
30代も半ばにさしかかり、周りは大体結婚した。
しないの? と聞かれれば恋人と一緒に住んでるとちゃんと槇の事を話して来た。
槇は俺のことをどう周りに話しているかは知らない。
でも俺はちゃんと俺を心配してくれる人には話して来た。
驚きながらもちゃんとみんな受け入れてくれる。
俺はずっと一緒にいるつもりで居る。
前に指輪を贈ろうとしたら「付けないから要らない」と照れでも何でもなく言われたので諦めた。
だから今度は、俺の苗字に変わらないかと提案しようと思ってる。
それを受け入れてくれたら、俺の方が多分泣くんだと思う。

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