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Kissing that suck

 この作品はクトゥルフ神話TRPG「ロトカ・ヴォルテラの愛堕討ち」自陣のセルフ二次創作です。現行未通過の方は避けてくださいますよう、お願い致します。

 探索者名「久利生 礼佳」「十邏 娑羅」 
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 紙が捲られた。ペンが走る音がする。時々は線を引いているようだ。注釈をつけているのだろうと娑羅は当たりを付ける。規則的に頁が進んでおり黒い塊は右腕以外微動だにしない。遠くで置物と間違えたとて、しょうのないことだろう。
 白いふあふあのカーペット、革張りのソファ、ガラステーブル。どれをとっても一級品だが、全て礼佳が我が物のように利用していた。娑羅は少し離れたヨガマットの上で、ヴィヤガラーサナを表現している。
 また紙が捲られる。広い部屋だからか、静かな反響が長く続く。壁一面の掃き出し窓を背景に、丸まった小さな背中を見つめていた。娑羅の胸中には不可思議な感覚が根を張りだしている。静かであるけれど一人ではない。一人ではないから孤独ではない。白黒の自宅に一色増えた程度の些細な変化だが、日々に彩りが出たようだった。
 共同生活の初めにしたことは礼佳の服を捨てることだった。着古した中学のジャージだ。名前入りの、ほつれかけているごく普通のジャージである。それをさも当たり前かのように身につけていたので、見間違いかと二度見した。
 なので今着ているのは、部下に用意させた長袖のシルクワンピースである。あの顔なんだから良いもん着りゃあ良いのにと調子に乗ったことは認めよう。
 わざわざ派手な身なりをしなくても質の良いものを選べば随分と別嬪に見える。濡烏の髪と艶やかな黒地の隙間から、真白い首筋が見えていた。肩が丸まり頭を下げているものだから、項だけが艶かしく浮き上がる。
 はて可笑しい。確か嫌われている筈だったなァ? 嫌いな人間相手に首筋を見せて良いと思っているのかァこの女。つくづく危機感の足りない。鷲掴めば簡単にスケルトンが引き出せそうで、妙に食欲がそそられた。
 手を地面につき、ひたりひたりと礼佳に近寄る。職業柄、しなやかな身体は自ずと足音を殺していた。
 礼佳に降り注ぐ太陽はコマ送りに沈んでいき、虎の影を模った。礼佳は文字を追うことをやめた。
 ちょっかいをかけに来たのか? 互いに仕事の邪魔はしない約束では? 約束も守れないのかね。脳内で文が組み上げられていく。口を開くつもりだった。
 振り返った矢先、娑羅の顔は鼻の先まで近づいていた。柔い唇が押しつけられた。

 娑羅の口舌を受けながら薄ぼんやりと考える。この家に移ってきてから何度か口付けを交わしているが、娑羅は本気で自分の体が欲しいわけではない。恐らくは本人も理解していない性的欲求なのだろう。そう結論づけている。いいように使われている気がしないでもないが、行為自体に嫌悪感はない。
 口を当てては離し、虎というより子猫のようなじゃれつきは、どちらかといえばふれあいを求めている。飼い猫の世話をするのも主人の勤め。この程度であれば許容範囲である。
 ある程度繰り返すと、唇を食まれる。噛んで離して、くっ付けて。空気が弾けた空音は、だんだん濁音混じりの水音へとかわっていく。行為が激しくなるにつれてのしかかる重さも増え、ソファに押し倒される。
 やられたままの自分に震え上がる。なぜ自分はここまで許しているんだ。程度を弁えろ。口内で自由に泳ぐ舌を押しのけて娑羅の中へ押し入った。
 娑羅の眉がぴくりと動く。
 歯列をなぞり、天井へ先を擦り付ける。液体が端から溢れる。水と空気が、濁った音で弾けていた。

 口とはいえ、体内で自分の意思と関わらず与えられる感覚は娑羅の意識を鮮明にしていく。目の前の余裕そうな顔、特に伏せられた瞼を見て腹の中がカッと熱くなるのを感じた。自分はなぜこんなことをしている。手のひらを床から離して礼佳の肩を強く掴んだ。アドレナリン。血液が暴走しそうである。噛み合わせてやれば、礼佳の舌は動きを止めてこれ以上の狼藉を働くこともなく帰っていった。
 乱雑に外して唇を擦った。起き上がり、目前の女を見る。化粧もしていない、髪も結んでいない。身を守るものは自分が与えた衣類のみ。あどけない顔だちをした女だ。少し目線を下せば白く細い、嫋やかな首筋が晒されている。迷いもなく噛みついた。
「いっだ!!」
口を離せば凹んで赤くなった痕が付いた。娑羅はキレ気味にため息をついた。
「はァ……意味わからん」
「分からんのはお前だ。精神科の紹介が必要か」
「五月蝿いねェ。私は寝る」
「ああそうかい」
 踵をかえし、放ったままのヨガマットを拾う。振り返ることなく寝室へと続く廊下へ姿を消した。
 礼佳はため息をついてぐしゃぐしゃになった雑誌に向き直った。怒りは急速に腹の底へと沈んだ。遠くに転がったペンを引き寄せて、再びどっぷりと思考の海へと沈んでいく。

 記事を読み終わった頃、怒りは所定の位置でグツグツと煮えていた。雑誌は物置と化した私室へと放り込まれる。物置、と言えるほどモノはないのだが、あくまで物置だと言い張っていた。
 なんせここまで増えたのは娑羅が与えた衣服が原因なのだ。部屋の三割程度が衣類である。
 元より大穴が空いても使い続ける質なので、これだけあってどうするんだとイライラが止まらない。体はひとつで、同時に身につけることはない。洗濯時の服と予備と、席のための一張羅。充分である。
 なにより礼佳には貯蓄がない。悲しいことに駆け出しの落語家とは皆懐が寒いもので、特に返済も合わせると手元に残る銭は微々たるもの。考えるだけで憂鬱だ。
 リビングで雑誌を呼んでいたのも、怒りを宥めるためである。自然と借金取りの顔が思い浮かんで、かぶりを振った。
 アーチの潰れた素足で冷たい廊下を進み、背を向けて寝転けている娑羅を見下ろした。疑問が鎌首をもたげる。何をこいつは健やかに寝ているんだ。数分前の不可解な行動も煩わしい。寝不足も重なり、このまま顔面を潰してしまいそうだ。
 鼻から息を吸い、口から吐く。切り替える。
 問題ない、明日のためにも眠らねばならない。耐えればすぐに朝日が昇る。同じく外側を向いて眠りについた。
 娑羅が瞼を持ち上げる。いまだ良い位置が見つからないのか動いていた礼佳も、しばらく待てば寝息が聞こえてくる。
 寝入ったことを確認して、改めて瞼を閉じた。


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お相手のSSが良かったんで設定お借りして書きました。今度ピアス開けに行こうな

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