見出し画像

雪上の椿、愛故に

 この作品はクトゥルフ神話TRPG「海も枯れるまで」自陣のセルフ二次創作です。現行未通過の方は避けてくださいますよう、お願い致します。

 探索者名「虚白 両愛」「二津 汐乃々」 
──────────

 椿の花は落ちて枯れゆく。雪原に黒い染みを残して消えていく。
 半年ほど前、汐乃々は久方ぶりに陸へあがり、リハビリを終えて両愛と同じ家で暮らすことになった。慣れない外界に、染み出る不安と果てしなく広がる好奇心を抱えて。長らく海で暮らしていたからだろう、汐乃々は土を掴んで立つことも危うい。一人で出歩くようになったのはここ最近だ。
 その分、汐乃々は好んで花の図鑑を開いていた。海には綺麗な花は無かったから。あの島には確かに木々が生い茂り、新芽が綻いでいたけれど、今の汐乃々は景色がまやかしだったと理解している。
 故に、自身の瞳で自然を知りたいと感じるようになったのは当然の流れだ。とうとう日中出歩くようになった。ひとりで歩くことに未だ不安は残るが、両愛を付き合わせるのは忍びない。そんな悩める乙女の散歩道のことである。
「あ……、椿。まだ残ってる」
 誰かの庭に、最後に残る椿を見つけた。日が陰っていたのだろう。他は既になく萎みかけの一輪のみだ。汐乃々は海に残した母を想う。誰も手を差し出せず、最後まで島に愛を与えていた母はこの椿にそっくりであった。
 そぅ、と手を伸ばすも。汐乃々の指が椿に触れることはなかった。触れたら落ちてしまいそうだから、人の家の花壇だから、様々な触らない理由を並べ立てるも、理由は先に申した通り汐乃々の心に染み付いていた。
 愛故に。汐乃々はこの花に触れてはならぬと感じた。
「……さようなら」
 汐乃々はゆっくりとした足取りで椿に背を向ける。自宅に戻ろう。両愛が帰る場所を守るために。か弱い人の身で、母のようには出来やしないだろうけれど。
「家で帰りを待つのが妻の務め……。両愛も、私が居ることを嬉しく感じてくれるかな」
 せめて椿が落ちぬようにと願いながら、汐乃々は泳ぐように帰途を辿った。

 ちなみに。予定が早く終わった両愛は、汐乃々が居なくなったことで茫然自失としていたのである。どうせ出かけるならば、二人で歩けばいいものを、随分と遠回りな性格をしているものだ。これもまた愛故に。


──────────
雪に椿って美しくて好き。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?