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さよなら天国、二度とこないで
柒・伍番街現代パロディ恋人軸
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今日も、夕食に愛を注ぐ。
具材を切って炒めて、ルゥや水を入れて、隠し味にほんのちょっぴりのスパイス。
「うん、今日も美味い!」
「いつも美味しそうに食べてくれて、うれしい」
テーブルに向かい合って座ると、最愛の彼氏の顔がよく見える。健康そうな肌ツヤ、瞳孔の異常も不可思議な発汗もない。今日も異常に気づいていないようだ。隠れて一人、安堵した。
出会いはランドセルを背負っていて、制服を着た頃に告白されて、付き合った。同棲を始めたのは大学の入学がきっかけ。
食べ物を振る舞うようになったのは、はじめてのバレンタイン。既に10年以上、恋人は血液を口にしている。ここ最近は毎晩だ。
「いつもありがとな」
「夕飯だけだよ、作ってるの。朝も昼もルカの担当じゃない」
「そうだけどさぁ」
皿洗いは一緒に。肩が時々触れ合って、無性にもどかしい距離感。最後の皿を拭き終わると、ルカはお茶の用意をしてソファで待っている。
何軒も探し回ったこだわりの椅子に腰掛けた。お互いの距離が近くなる。珍しくルカが頭を捻っていたのが、昨日のことのように思い出せる。
膝の上で指を絡ませて、ルカは首筋に擦り寄ってくる。そのまま口付けをして、わざと音を立てる。
「いーにおいする」
「……くすぐったいよ」
「こんなに美味しそうなのが悪い」
気づけばルカに抱えられて、下から上目遣いで甘えてくる。お誘いの合図だ。
「今日いい?」
「お茶、あったかいのに」
「明日飲めばいいよ。ダメ? 俺のお願い」
すこし硬めの髪を撫でて、口付けを返した。
聞き慣れた鐘の音が鳴って、教室中が立ち上がる。波から遅れて、カバンと共に外廊下を歩いていた。人が走り去った道をのんびりと歩いていく。
ふと視線を動かせば中庭のベンチにルカが見えた。複数人の女の子と対峙していて、思わず足が止まった。可愛らしい。まさしく少女漫画から出てきたようで、手紙を持っている。
告白、直感的に言葉が浮かんだ。
ルカはモテる。少し粗野なルックスで誰彼問わず明るく話しかけ、相手には真摯に向き合い、面倒見も良い。
「一回でいいから、……嫌いと言ってよ」
どうしてだろう。告白されて嬉しさよりも先に困惑が胸に広がった。今はもう、恐怖しか残っていない。
「はやく。私のことを嫌いになってくれ」
遠くで頭を下げたのが見えた。断ったのだろう、恋人がいるからと。誠実な人だから。
女の子が泣きながら走り去っていく。告白したことも断られたこともないから、彼女の気持ちなんて理解できない。
皆がいなくなってから身体を起こして、ルカがこちらに顔を向けた。気疲れしていた表情が花開いて、小走りで駆け寄ってきた。
「墨!!」
「うん、墨です」
「大学で会うとか思わなかった! 俺この後もう一個あるんだけど、それ終わったら一緒に帰りません?」
屈託のない笑顔で笑う。愛しい、嬉しい。同時に仄暗い気持ちが広がっていく。
「いいよ、終わったら連絡するね」
この日々が永遠に続きますようにと願ってやまない。相反して今すぐ無かったことにしてくれと、絶叫する自分がいる。
ルカと離れて次の教室へ向かう。足を進めるほどに恐怖が増していく。
この世の何よりも、自分が一番恐ろしい。
今日も、夕食に血液を注ぐ。
具材を切って炒めて、肉が飴色になったら、醤油と味醂と……隠し味に、ほんの少しのスパイス。
頬を垂れる水には見ないふりをする。
「今日は生姜焼きか! 俺好きなんだよね」
「知ってる。今日は豚肉が安い日だったから作ってみたよ」
大口を開けて米と一緒に口に含む。幸せそうに食べるひと。噛んで飲み込んで、今日も異物を体内に取り込んでいる。
今日は安堵より恐怖を感じた。
出会いは、ルカがランドセルを背負っていた頃。幼馴染として時間を過ごし、二人で過ごす2回目の入学式の後に告白された。同棲をしたのは、より時間を占有できるから。
食べ物を振る舞うようになったのは、バレンタインのひと月前にルカが大怪我をしたことがきっかけ。不死身の血液を取り込めば、死なないで済むと思ったから。
はじめは純粋な気持ちだった。
「明日はちょっと手を加えてピザトーストにでもしようかな」
「いいね、チーズまだあったかな」
「無かったら一緒に買いに行ってブランチにしよ」
皿洗いが終わって、同じ布団に入り込んで、ルカは眠る。自分は目を瞑ったまま、朝日が昇るのを待っているだけ。
すこし硬めの髪を撫でて額に口付けをした。
「はやく、嫌いになりなよ」
はじめは純粋な気持ちだった。はじめだけは。
すぐに傷が治る自分の血液を取り込めば、傷の治りが早くなるだろう。より一緒にいられるようになる。
もっと血液を取り込めば、怪我は無かったことになるだろう。
さらに血を取り込めば、自分と同じ不老不死になるんじゃないか。
同じ時を生きてほしい。人間として生きれなくなる。ずっと一緒にいたい。はやく逃げればいい。一言嫌いだと言ってくれ。全部無かったことにして居なくなるから。
問答はいつも同じ結論を下す。
私のそばで息をしていてくれ、と。
毎日自分に問いかけて、毎日同じ答えを算出する。
きっともう手放せない。だから。
「さよなら天国、二度とこないで」
明日もきっと愛を込める。
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千代田墨(不死身)×ルカ(人間)の話でした。他の面子に比べて主従であることにこだわりそうですね、ルカくんは
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