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IPOにおけるオファリングサイズは極大化させるべきか、極小化させるべきか。

皆さん、こんちには。
2023年もあっという間に上半期が終わってしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。

IPOに目を向けると、2023年は東証の証券会社ヒヤリングによると90社超で着地しそうとのことで、2020年/2022年水準と同程度となりそうです。
オファリングサイズで見ると、楽天銀行(5838)や住信SBIネット銀行(7163)が牽引し、2021年上半期を上回る水準で推移しています。

出所:EDINET、東証HP、各社開示資料より作成

USでは既にいくつかの大型テックIPOの承認が出始めていますが、日本でも2024年にはいくつかの大型IPOも見られるかもというところです。
今回のnoteは題名にもあるとおり、オファリングサイズについて触れていきたいと思います。

ここでいうオファリングサイズとは公募増資、売出し、オーバーアロットメント(以下、OA)の金額の合算値を指しています。
OAを抜いた数値/定義をオファリングサイズと指していることもありますが、OAの株数はIPO時のオファリングに組み込まれているため、本記事ではオファリングサイズに含めて定義しております。

オーバーアロットメント
公募・売出しを実施する際において、公募・売出しの数量を超える需要があった場合、主幹事証券会社が一時的に株券を借りて、公募・売出しと同一条件で追加的に投資家に販売すること。(借入先によって旧株型、新株型に分かれる)
オーバーアロットメントが可能な数量は公募・売出し数量の15%が上限。


IPOにおけるオファリングサイズ/レシオ

オファリングサイズは各社様々ですが、本邦IPOでは、発行会社の時価総額の20%~30%程度に収まることが多いです。
(ご参考までに2022年のグロース等市場IPOのオファリングサイズの平均値は24.5億円となっています。)

USでは流動性の観点からオファリングサイズは1億ドル以上が推奨されておりますが、日本では特に推奨基準値はなく、下限としてグロース市場の形式基準として流通株式時価総額が5億円以上が示されることが多いかと思います(サイズのみで流動性が作れるわけではなく、アロケーション次第ですが、ここでは割愛しています。)。

流動性とは

流動性とは株式市場においての売買のしやすさと考えてもらえばよく、流動性が高いというのは証券の価格に影響されることなく、いつでも希望数量の取引を瞬時に成立させることができる状態です。量的な制約もなく、好きなタイミングで待ち時間なしに取引を執行できる市場が流動性の高い市場と言えるかと思います。

出来高とは

期間中に成立した売買の数量のことです。出来高とは別に売買代金という言葉があります。出来高は株数などの売買量を指し、売買代金は売買で動いた金額を指しています。
例えば、オファリングの株式総数が1,000株のIPOの初値形成時の出来高が2,000株だった場合、既にオファリング総数の2回転分が売買されており、活発に売買されていることが分かります。
一方で、初値形成時に400株しか出来高がない場合は、残りの6割程度が後々売りに出てくる可能性が考えられます。

流動性/出来高の重要性

流動性が重要視されている要因はいくつかありますが、機関投資家誘致という観点も大きく、多くの機関投資家は市場における各銘柄の取引量(≒流動性)に応じて、その流動性リスクを許容できる水準を設定しており、その範囲内でしか銘柄の購入ができないため、一定の流動性がなければ、機関投資家の投資可能額のキャップにかかるor購入してもらえない(あまりに購入可能金額が小さいと管理コストの方が高くなるため)可能性があります。

その結果、個人投資家中心の株主構成となってしまい、投資家属性が偏ってしまいます。

また、後述するセカンドファイナンスのタイミングでは、ファイナンス可能金額を出来高の何日分という決め方をすることもあるため、十分な流動性がないと市場で資金調達が出来ないという事態になってしまいます。

国内IPOのオファリングサイズ

2017年~2023年最近日のオファリングサイズ別のグロースステージIPO社数は下記になっており、グロース等市場に上場したIPO企業のうち約80%をディールサイズ40億円未満の企業が占めています。

出所:EDINET、東証HP、各社開示資料より作成


下記はInvestment Bankingという本に記載されていたUSのIPO規模まとめですが、最も時価総額の小さい企業群の平均オファリングサイズが1億ドルを超えていることからも日本のIPOに小型が多いと言われる理由がわかるかと思います。(なお、下記集計ではOAを抜いて集計されています。)

出所:Investment Banking 「2009年以降の米国IPO規模のまとめ」より


オファリングサイズが小さいと何が起きるかということでいえば、前述の投資家構成以外の点では、初値が高騰しやすく、ボラタイルな株価推移になるということかと思います。
実際に2017年~2023年最近日までのサイズ別の初値の高騰率は下記になります。

出所:EDINET、東証HP、各社開示資料より作成

集計する年度によって多少バラつきはあるものの、大まかな傾向としては似たような結果になると思います。

ディールサイズ70億円未満では、本邦IPOにおいては一般的に用いられるIPOディスカウント20~30%を超過した高騰が見られます。

また、ディールサイズ30億円未満では、既存株主持分のロックアップ明け(90日及び180日)経過時点と初値の乖離が大きくなっており、特に初値形成中心に盛り上がりを見せていることが分かります。

もう一つ、冒頭で触れたオファリングレシオについても比率別に高騰率を比較すると下記のようになります。

出所:Quick

当たり前の結果ではありますが、改めてオファリングレシオが高いほど高騰率が低くなる傾向が見られます。(供給<需要となりやすいため)

流動金額の絶対値に加えて、流動株比率がどの程度の割合になるかも株価のボラティリティを決める重要なファクターとなっています。

ご参考までに下記は時価総額別のオファリングレシオの詳細ですが、時価総額が大きくなってくると、オファリングに占める売出しの比率が上昇しています。

出所:Quickより作成

こちらは既存株主にとって、日本のIPO環境であれば、小型銘柄は上場後に株価が1.5倍以上となってロックアップが外れるタイミングで売却するという事がリターンを向上させるプラクティスの一つだったことも影響していると思われます。

一方で、大型のIPOは準備段階から証券会社と一定の交渉力を以てバリュエーションを設定していることや大きな株価高騰は見込めないこと(交渉力を高めるうえでオファリングサイズも重要な要素であること)から売出しに参加する株主が多いことが挙げられるかと思います。

オファリングサイズを絞るメリットとリスク

オファリングサイズを絞るメリットは株価が高止まった状態でセカンドファイナンスを行うことで、実現したかったバリュエーションレンジを達成でき、希薄化を抑えて資金調達を実施/ディスカウントを受けずに売出しを実施出来ることが代表例かと思います。

一方で、リスクとしてはオーバーシュートが失敗した場合は出来高も薄く、良いニュースで少しでも株価が反応したところに合わせて売却が行われるため、株価を再浮上させることが困難というところかと思います。

事例紹介(ENECHANGE)

オファリングを絞りその後のフォローオンオファリングまで実行した事例の代表は2020年に上場したENECHANGE(4169)が挙げられるかと思います。(繰り返しになりますが、フォローオンでのオファリング実行ができたという事例紹介になります。)

ご存じの方も多いかもしれませんが、当社は消費者向けの電力・ガス切り替えプラットフォーム「エネチェンジ」などの運営やエネルギー会社向けのクラウドサービス事業を行っています。

(IPO時の概要)

出所:EDINET

IPO時の評価を含めた詳細は本論の趣旨と外れるので、割愛しますが、公募価格(600円)の目線が折り合わず、オファリング規模を縮小(マザーズ最小単位である5万株のみの資金調達)し、手取金額を約20百万円に抑えてのIPOとなりました。

初値で株価が公開価格の3倍以上になってからも株価推移は順調であり、株式分割後に上場来高値である9,180円をマークしています。
株価の快進撃は予想売上高の2回の上方修正などを背景に2021年12月期3Qの決算発表以降に更なる進捗を見せ、結果的に時価総額ベースでは約1,260億円と上場時の36.5倍に膨らんでいきました。

出所:Quickより作成

そうした中で、旧臨報によるセカンドファイナンスを発表し、公募41.8億円、売出し30.8億円、O.A(旧株)10.8億円の合計72.7億円ファイナンスが実行されました。

出所:CAPITAL EYE

オファリングのブック倍率はいずれも3倍強で需要自体は旺盛だったと考えられます。

LOの優良投資家からもオーダーが入っており、金額ベースで3割強をLOへの配分としたとのこと。(BR)
LO系の価格感応度が強く、絶対値での指し値も見られたため、ディスカウントは上限で決着せざるを得なかった(BR)とのことだが、それでも時価総額ベースで約770億円での条件決定となっており、上場時の時価総額から20倍強でプライシングされています。

上場時に最小単位での資金調達しか実施しなかったため、実質的に株式市場を利用した初の資金調達となりましたが、上場時に調達するよりも大きく希薄化を抑えることに成功しておりますし、売出しに関してもディスカウントを抑制できた結果となっています。(ローンチからプライシングにかけて株価は28.3%下落しており、足元の時価総額は約370億円で推移しております。)

事例紹介(とあるA社)

次に国内の中小型IPOで2021年頃までに最もよく見られた株価推移をご紹介します。
初値は公開価格の3~4倍となり、ロックアップも解除され一部売却も実行されていますが、90日のロックアップ解除日が過ぎると徐々に公開価格近辺に株価が収束していく一方で、出来高がかなり細くなっているというものになります。

出所:Quickより作成

出来高でいうと平常時で数百万円から数千万円前半、決算発表で好決算時に数千万後半という規模感になります。
一定規模の投資家は関与率(出来高に対する売買の割合)を10~20%程度としていることが多いと思いますので、仮に1億円を保有している場合だと売却完了までに50~100営業日程度かかることになります。
冒頭にも出てきましたが、自分が売りたいタイミングで売りたい価格で売れないという典型的な事例となっており、新規の購入も難しいという現象が起きます。
肌感覚としてグロース市場の銘柄でも1日の出来高が1~2億円はほしいのかなと思います。

また、十分な流動性がないとプライム等の流動性基準も満たせないため、セカンドファイナンスを含む市場変更を選択肢に入れるのも難しくなります。
実際に市場変更やセカンドファイナンスを実施できている企業はかなり少なく(それ以外の理由もありますが)、マーケット環境が良かった2021年で11社(IPOは125社)となっています。

最近では初値等が公開価格の1.5倍を超えず、出来高のある上場1か月近辺で既存株主の売却が実行できず、そのまま出来高が細っていく事例も多く見受けられます。そうすると株価に好影響のニュースがあったとしても上値に対して売りがぶつけられるので、中々右肩上がりの株価推移を作っていくのが難しいという状況に陥ってしまいます。

オファリングサイズを絞る最も大きなリスクはこの流動性(出来高)の部分であり、①流動性がない→②株価のボラティリティが高くなる(株価が飛んだりする)→③投資家が入りづらくなる→④金融商品としての魅力が下がることになります。

オファリングサイズを極大化させる

オファリングサイズとは

今更感がありますが、IPOにおけるオファリングは①公募(新株発行による資金使途)、②売出し(既存株主による売却)、③オーバーアロットメントによって構成されています。
①の公募については、IPO後2~3年先の資金使途を基に決定することが多く、証券/東証の審査対象事項となっています。
②の売出しに関しては、各既存株主との交渉がキーポイントで、オファリングサイズの多寡に関してもこの部分で決まることが多いと思います。

事例紹介(ラクスル)

有名な記事なので見られている方も多いと思いますが、改めて。IPO後を見据えた資本市場戦略に関してはこちらにすべて書かれており、ラクスル(4384)に関しては、追加でいうことはありません。

いかにここまでの関係性を各ステークホルダーと作っていくか(時価総額が巨大で、大きな成長をしていれば交渉の難易度は下がりますが、逆になればなるほど交渉の難易度が上がります。)ということがオファリングサイズを極大化させていく上で重要なポイントかと思います。

事例紹介(Sansan)

個人的にオファリングサイズをしっかり作り、株価推移も狙い通りに進んだという事例としてSansan(4443)が好きなので、ご紹介させていただきます。
Sansanは2019年に時価総額約1,397.6億円、オファリングサイズ約388.6億円(公募22.5億円、売出し315.4億円、OA50.6億円)で上場しました。

出所:Quickより作成

大型の上場であったこと、VC株主も多かったことから初値含めて1.5倍価格が上値となって中々超えることはありませんでしたし、ロックアップ解除(90日)が解除される前には株価がかなり下落し、ロックアップ解除後は公開価格を割り込む場面もありました。

ただこのタイミングで、Preiad、Capital、JPAMなどの優良ネームの機関投資家からの買い及び大量保有報告が提出され、株価自体もまた復調するという場面が見られました。
このタイミングでのSansanの出来高は7~10億円/日であり、大型の機関投資家にとっても十分な流動性を維持しておりました。

価格発見能力が高く、ベンチマークしている株価を割り込んだ場合に購入意思があるような投資家にIRでアピールできていたとしても、仮にこのタイミングでのSansanの出来高が1億円を割り込んでいる状況であれば、購入されなかったのではないかと思います。

おわりに

多くのスタートアップや株主であるVCにとって、上場後の流動性というのはこれまで直面してこなかった新たな障壁となる一方で、上場後からの治癒が難しい事柄の一つになります。

IPOというファイナンスイベントは多くのスタートアップにとって、最も投資家の注目を集められるタイミングであり、流動性を作るための土台作りを意識していただくことが重要です。

オファリングを絞るという項目でお示ししたような事例はマーケット環境が良く、業績にもかなりの自信がある一方で、証券会社とのプライシングにおけるコミュニケーションに大幅な乖離がある時という限定的なシチュエーションで効果を発揮するものであり、基本的にはオファリングサイズを極大化させた方が良いというのが持論です。

極大化のために重要な項目の1つが既存株主とのコミュニケーションです。
どのような株価であればどの程度の売出しが可能か。
もっと言えば、各シリーズ毎/各ファンド毎にどの程度のリターンであれば気持ちよく売却の参加が可能で、どのラインから交渉が必要になってくるのかといった事項を基準期や申請期から会話し、実際のプライシングの際にバタバタしないようにしておくこともIPOを成功させるためのポイントだと思います。

今回お話したのはオファリングのごく一部の側面でしかなく、本職の方に見られたら突っ込みの多い箇所もあるかと思いますが、スタートアップではあまり議論されていない内容かなと思い、多くのスタートアップの議論の発射台になればと思い、記載しました。

不明点やご相談があればいつでもご連絡ください。

注:当記事はIPO企業の事例の紹介を目的としており、特定の企業の売買の推奨/非推奨を行うものではありません。


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