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YesかNoじゃなくても

SNSなどを通じて意見を容易に発信できるようになった

反面、世の中の流れや周囲の風向きで 意見を表明しなければいけないのかも と迫られているように感じることも出てきた気がする



そんな中で、Yes/Noのみで答えられるほど簡単じゃないとき
YesかNoで答えられるほど 自分が勉強していないとき もある



そこで無理に表明するのではなく、
今はまだ分からない・答えない(答えるのを控える)ということもあっていいと思う



ここで大事なのは、"今はまだ"と"控える"というところ

問いの質にもよるけど
答えられないからといって そこから逃れられるわけではないと思う



"今はまだ"でも"いつかは必ず"答える席に着かなきゃだと思うし

政治の場とかで聞く"控える"も、それって
"答えられるけど敢えて答えない"→"問われたときは答えなきゃいけない"
と思うし
"控え"ている ということは、"答える席にいつでも着けるように準備してある" だと思う


Yes/No とはっきり答えられることも大事だと思うけど

分からないこと・はっきりと答えられないことを、そうだと表明して、
かつ いつか答えられるように努力する というのもまた、大事だと思う



(と同時に、

間違っていてもいいから 思っていることを表明する こともまたありだと思う。


もちろんそのときには、表明するときの謙虚さとか 指摘されてもちゃんと聞くこととか そういう意見を受け止めて議論できる社会とかが必要になると思うけど)




追伸
ふと見つけた阿部さんのnoteもYes/Noの間にある物の想像力みたいだったりしたので、ぜひ


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