おにぎり老婆、その美しき脱法行為

フードコートが好きです

筆者(私)のような貧しい限界中年男性にとって、フードコートは憩いの場である。

まず座席自体が店から捕捉されない。会計済ませたらあとはどこに座っても自由、というのが良い。周囲一円のファストフード店のメシを食うためのスペースということになっているが、境界線がゆるい。細胞膜に包まれたようなだだっ広い空間には、浸透圧に応じるように人々が出入りする。子連れの若夫婦とか、学生とか、まああんまりお金持ってなさそうな属性の人たちがまったりメシ食ってる。広いフードコートは昔からなんとなく好きな場所ではある。

浸透圧と書いたが、要するに壁でキッチリ囲われた場所ではない。なんで用途が微妙にグレーゾーンな人、というかぶっちゃけアウトな人もチラホラ見かける。

フードコートにメシを持ち込む人々

周囲を見てると、特に高齢者でこうした人々が増えてきたように思う。筆者の居住地が片田舎ということもあろうが。

まあ百歩譲ってモール内のスーパーで買った惣菜とかならまだしも、普通に自炊してきた弁当をフードコートで食っている。なんというかその背景を色々考えてしまう。

筆者はこの前、他の席はガラガラにも関わらず、見知らぬ老婆から「隣りに座っていいですか?」と打診された。筆者の隣は壁際の席だ。

筆者は威厳のない顔をしている。そのせいか、高齢者からぶしつけに道を聞かれたり、スーパーの棚の上段のものを取るよういきなり頼まれたりした経験が多い。己の顔の迫力のなさを恨みつつ、いち社会人として「どうぞどうぞ」と回答した。

老婆、某有名ドーナツ店のコーヒーと水をトレイに乗せている。まあ水っていうのはメニューに無いんで、個別にお願いしたんだと思う。視界の端に映る老婆の行動をチラチラ注視していたのだが、次の瞬間、驚くべき行動を取り始めた。

手提げバッグから取り出したおにぎりを猛然と食い始めたのである。一瞬、白い塊を口に突っ込んでいることから不穏なものを感じたが、よく見るとラップに包まれた手製白むすびである。よかった。いや、よくないか。老婆はおにぎりを、ラップを剥いてはがっつき、一個食い終わるとさらに次弾をリローデッド、猛然と再摂取を継続する。

しかもその目つきたるやサバンナの肉食獣か? というレベルで周囲への警戒心に満ちており、おにぎりを食う光景をひた隠しにせんとばかりに、定期的にチラチラと角度にして前方 90 度に視線を走らせている。おそらく自身の行為がこの場所にふさわしくないという自覚はあるのだ。なるほど、それで壁際をわざわざ選んだのか……

流れるようにスムーズなグレー行為(というかアウト)

おそらく老婆は、この行為に慣れているのだ。アイスコーヒーに加水する(この行為の意図は不明。ミ○ドのコーヒーが苦すぎるのか、単に容量を増して腹の足しにするという戦略なのか)ガッとおにぎりを喉に流し込み、また周囲をチラチラ睨むと、水分の力を借りて嚥下スピードを加速させる。ホットドッグ大食い大会の終盤を彷彿とさせる。

感心(?)したのは、老婆の気遣いというか、トレイに敷かれた紙でささっと箱を作ってゴミ箱を作っていたところだ。やってることはグレー(というかアウト)なんだけど、トレイの上にはゴミを散在させないという美意識を感じさせる。おそらく、日常的に手先を動かしている人なんだろうなとも思う。

たぶん 3 個はおにぎり食ってたと思うが、作戦完遂の感慨を伺わせる低いため息をフ~ッと吹かすと、老婆は静かに去っていった。おそらく老婆は筆者の迫力ない顔を捕捉したあたりから、この場における作戦能力に自信を抱いていたのであろう……その冒険主義を留めることは誰にもできなかった。なんとなく、周囲の人はうっすら気づいていた感じだったが。筆者はフードコートの隣人として、違反度のセコさに不釣り合いなレベルで流麗な所作に内心で畏敬の念を覚えながら、その細い背中を見送った。

「フードコート以外でご購入いただいた飲食物の持ち込みはご遠慮ください」

その注意書きから歯ぎしりが聞こえるようだった。まあ、おにぎり自体は別に他の店で買ったものではないしな(完全に屁理屈)。

結論

老婆のおにぎり早食いからなにか社会問題に繋げたいと思って書いたが、結局、おにぎり老婆の特異性に圧倒されるだけの目撃談になってしまった。

とはいえ、最近では安心してダラダラ飯食ったり、本読んだりしていいスペースが減ったと思う。フードコートはモール側の所有地なのでルールは守るべきだが、住民税でまかなわれた公園や公民館での飲食禁止、あるいは図書館での長時間勉強禁止みたいなのはちょっとどうなんだよと思う。税金取ってんだから多少はそういう行為も許容するべきと思うが。

おにぎり老婆の背景は不明だが、おそらく経済的な余裕は無いのだと思う。それをヒシヒシ感じた。彼女は自分や、あるいは自分の親族の未来像のひとつではあるだけに、なにか他人事には思えなかった出来事だった。

(ちなみに帰宅後むしょうにおにぎりが食いたくなり、数十年ぶりに自分で握って食った)

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