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厚揚げに納豆とキムチとチーズを乗せて焼いた

他人のプライベートはどうでもいいはずなのに、岡田将生の熱愛に、なぜかちょっとしんみりした気持ちになっているのは、「大豆田とわ子と三人の元夫」にハマっているからかもしれない。
慎森というキャラクターがもし本当に存在したら、あのひねくれ、あの素直さ、あのコミュニケーションの人間が近くにいたら、わたしにできるすべての表現を用いて、愛でてしまうだろう。


ジムに行った帰りに寄ったスーパーで、アイスのコーナーに立つ。
なんだか今週は疲れた。まだ木曜日だけど、明日、できることなら目覚ましをかけずに寝たい。疲れた。ジムで消費したカロリーがおじゃんになったとしても、バニラアイスを食べて、今日くらいは自分を愛でてやりたい。

このスーパーのアイスの品揃えは、妙にわたしの心をくすぐらない。いつもそうだ。ただ、無性にバニラアイスを食べたくなった原因であるCMのアイスもあるし、去年の勤め先の同僚が「大人の遊びだよ」とコークサワーに乗せて楽しんでいたスーパーカップもあるし、爽もハーゲンダッツもある。バニラはひととおり揃っている。


だが、多い。

半分、いや4分の1のサイズでいい。二口、いや三口だけ食べたいのだ。一個はわたしには多すぎる。小サイズが6つ入ったスーパーカップも眺めたが、あれやこれやと考えてしまう。1ヶ月に1つもアイスは食べないのに、ファミリーパックを買ってしまったら、しばらく冷凍庫をアイスが占めるのか。ふつうサイズのMOWを1つ買って二口だけ食べたら、近いうちに残ったアイスをまた二口ずつ何日も食べねばならないのか。食べないといけないと思いながら、アイスを食べることになるのか。


誰かと、いっしょに暮らしていたら。分け合えるのかな。


昨日見た大豆田とわ子のセリフが頭をよぎる。
―「小さなことにちょっと疲れるかな。自分で部屋の電気を点ける。自分で選んで音楽をかける。自分でエアコンを点ける。ま、小さいことなんですけどね。ちょっとボタンを押すだけのことに、ちょっと疲れる感じ」


結局アイスは買わずに、夜ご飯のための厚揚げと、明日飲むレモン風味の炭酸水だけ買って店を出た。
家に戻るまでの数百メートルの間、この時間には開いていないかまぼこ店の看板の点きっぱなしのライトに目が行く。昼間に降った雨と梅雨の終わりを感じる外気によって、スーパーで冷えた身体が少しずつ熱を取り戻す。

家に着いて、厚揚げにキムチと納豆とチーズを乗せて、フライパンに蓋をした。ジャージだけ脱いで、脱衣場にパジャマとタオルを置いて、キッチンに戻り、蓋のガラス窓からチーズが溶ける様子を眺めていた。

なにひとつ上手くいかないし、なにひとつ上手くやれないわたしの生活を、ドラマになんかなりえないわたしの生活を、誰かに見せ、巻き込むことはできやしないのだけど、誰かと分かち合う幸せはきっとあって、きっとそれはいいものなんだろうなあ。最近わたしの世界で起こっている結婚ラッシュをつくる一人ひとりの友人の顔を思い浮かべる。


まるでわたしが気ままに過ごしているように見えること、フリーランスという響きに 、社会人生活もまだ前半なのに移住を重ねていることに「自由でいいなあ」と言われることがある。たしかに、自由度は非常に高いのだと思う。

ただ、ちょっと疲れるのだ。
いつ、どこに住み、どんな仕事をし、どれくらいの収入をえて、どんな暮らしをするのか、すべてわたしに選択権があり、何かしらの意志を持たねばならないことが続くことは、ちょっと疲れるのだ。
会社がどこに住むか決めてくれるわけではない、給与が決まっているわけではない、そんな大層な話だけではなくて、隣にいる誰かの間取りのこだわりもなければ、食べ物の好き嫌いもなければ、今日の気分だって。
すべて直感で決められるような人間ではない。自由でいるように見えて、意思決定のほとんどは消去法かもしれない。消去法だとするならば、わたしひとりの意志が作る条件なんて、ほとんどなにも消せやしない。
誰かの「それはやだ」「あれがいい」は、わたしにとって贅沢品だ。とても羨ましい。


厚揚げの底にフライ返しを差し込む。

いいなあ、岡田将生は、誰かと分け合って生きているんだよなあ。知らんけどさあ。いいなあ。

そう思いながら掬った厚揚げは、するりとフライパンでもお皿でもない向こう側に逆さまに落ちていった。溶けたチーズがコンロの天板にすべて張り付いている。コンロをちゃんと手入れ出来ていたのはいつだっただろうか。

誰かと過ごしていたら、わたしは厚揚げが落ちて、夜ご飯がなくなった悲しみを、もう厚揚げを新しく焼いたり、コンロをきれいに磨いたりする元気もなく、ご飯を食べずに寝たいというふてくされた気持ちを分かち合えるのだろうか。


ひとりでいると、決めているのだけど、
いいなあ、と、思うのである

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