見出し画像

みなとの日常物語 3 - お茶屋の主人

※この文章はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

わたしは東条優希、横浜に暮らすごくごく普通の会社員。最近は出勤を控えるようになり、人と会う機会もだいぶ減っていた。顧客と会議をする場面でも最近はオンラインツールを使うことが多くなった。最初に会うときは直接訪問して会話するが、内容を詰める過程ではわざわざ訪問する必要がなくなり、オンラインで実施しようという流ればかりになった。以前は当たり前だった「直接会って交友する」という感覚もしだいに薄れてはいるが、せっかく築いた関係を良好に保つため、今でもお中元やお歳暮などは意識的に贈るようにしている。だいぶ時期も迫ってきたが、今年はいい物がまだ見つかっていない。
先日は百貨店で色んなフロアを回って探したが、結局自分用のスーツを1着買ってきただけだった。百貨店だと菓子折りなどに目が行き、ついこれらを選んでしまいがちだが、甘いものも意外と好き嫌いが分かれると聞いたことがある。いつものように菓子折りを贈るのは芸がないので、今年は少し変化を付けようと考えて商店街に来ている。色々な店舗を見て回る中で、お茶屋に目が付いた。味のある外観から歴史のある店なのだろうと感じる。夏場に一服のお茶というのも悪くないだろう。試しにここにも入ってみることにした。

わたしの名前は山咲吉治。横浜で生まれ育ってかれこれ40年を超えた。以前は会社勤めをしていたが、何年か前に脱サラをしてからは、祖父の代から続いているお茶屋の後継ぎとなった。お店で取り扱っている物は昔からほとんど変わっていない。創業以来一貫して静岡県産のお茶を入荷し、店で火入れや焙煎をして包装をした物を販売している。お茶だけではなく海苔の販売もしている。昔は東京湾産の物を扱っていたと聞くが、最近は九州の有明海を産地とする物を仕入れている。昔からお茶屋では海苔を扱っている事が多い。以前に親に尋ねたら、海苔もお茶と保存方法が近いし、生産時期が違うからお茶屋が食いつなぐのにちょうどいいからだと聞いたことがあるが、この店でも昔からの習わしに合わせて今でも両方の品を販売している。

しかし、最近は昔ほどお茶屋の景気も良くない。かつてお茶は各家庭で普通に飲まれていた。缶に入れた茶葉を急須に入れ、お湯を注いでお茶を淹れる光景は当たり前であっただろう。お中元やお歳暮には、贈答品として良いお茶の葉を渡すという話もあったと感じる。お茶請けのお菓子とも言われるように、来客があった際にはお菓子と一緒にお茶を差し出すのも一般的だった。少し贅沢する時にも、日常的にも、お茶は各家庭で楽しまれていた。しかし、今では茶葉からお茶を淹れる家庭も少なくなったであろう。昔に比べればコーヒーや紅茶など、緑茶類以外の選択肢もよく飲まれているのかもしれないが、お茶自体は、ペットボトル飲料が一般に販売され普及している点からいまだに広く飲まれているように感じてはいる。茶葉の売れ行きが悪くなっている原因は、お茶を淹れるという手間のかかる行為が避けられているのではないかとわたしは考えている。水出しのティーパックなど、お湯を沸かさずにお茶を淹れられる商品もスーパーなどで購入できる。急須などの茶器も持っていない家庭が多いだろう。お茶屋に茶葉をわざわざ買いに行くよりも、コンビニやスーパーで購入してお手軽にお茶を飲む時代なのかもしれない。最近は家で仕事をしている人が増え、自宅で淹れるコーヒーにこだわる人も多いと聞く。しかし、お茶にこだわって自宅で淹れて飲むという人はそこまでは聞かないのが少し寂しい。

わたしの店も親が店に立っていた時代に比べれば、お店に来るお客さんの数は減っている。当時からごひいきにしてくれているお客様は、親の様子を伺いながら買い物をして行ってくれる。しかし、購入者の年齢もやや高齢化しているようにも感じている。昔に比べてネット市場も広がっているためネットショップでの販売も始めているが、店舗で販売する分の穴を埋められるほどの売り上げにはまだなっていない。ネットショップで買い物をする層は茶葉からお茶を飲む人が少ないのであろうか。人々の生活が手間暇なくスマートに変化していることの一端が、お茶の販売状況を通じて感じられる。お店の将来性を考えた時に、閉じるという選択肢は何度も考えた。しかし、先代より受け継いだこの店は両親、なくなった祖父母にとっても大切な店である。同じようにお店のことを大事にしてくれるお客様も多くいる。茶葉からお茶を淹れて飲む文化も大切にしていきたいと感じている。

そこでわたしは、店やネットでの販売だけではなく、新しい取り組みに挑戦していくことにした。わたしは会社に勤めていた時代に、商品のマーケティングを担当していたことがあった。単にいい物を作ることや値段を下げることが売り上げの上昇につながらないことは重々わかっていた。誰に何を売るのかを考えないといけない。今お茶の美味しさを売り出すのであれば、お茶を淹れる作業を手間と感じる層の人たちかもしれない。淹れたてのお茶の香りや旨みを感じてもらうため、お手軽にお茶を飲むための方法や道具も知ってもらう必要があると感じた。茶こしや急須をわざわざ用意するのはさすがに手間だろう。しかし最近は、茶こし付きのマグカップやボトルなども販売されているのを目にする。一つの道具で茶葉から淹れたお茶を飲めるのは、紅茶のティーパックと同じように、楽にお茶を楽しめるだろう。もちろんティーパックも、店で詰める作業は手間だが販路を拡げるためには必要な試みのひとつだろう。品物の出し方や売り方は意識的に変えるようにした。また、こうした商品やセット販売の発信はネットメディアやSNSを通じて積極的にやっていくことにした。先日たまたま取り上げていただいたネットメディアを通じて購入していただけるようになったお客様もいたが、やはり最近の人たちはインターネットを通じて情報を得ていることを子供たちの様子を見ていても感じている。お茶の美味しい飲み方や合わせ方など、今のライフスタイルにお茶を組み込む方法を考えるのも将来のためなのだろう。我が家には子供たちもいる。子供たちに教えを請いながら、お茶について、SNSでの発信を頑張っている。

今年のお中元の品はお茶のセットにした。そういえば昔、親がお中元でもらったお茶を出していた記憶が蘇ってきた。夏になると氷で冷やした緑茶をよく飲んでいた。ある時からペットボトルの緑茶が出るようになり、茶葉で淹れたお茶を飲む機会も減ったなと感じている。それでも変わらずに、茶葉から淹れたお茶を好んで飲む人がいる、これが日本の伝統なのだろう。わたしもいつか急須で淹れたお茶をたしなむ日が来るのだろう。そんなことを考えながら、わたしはフラペチーノを片手に商店街を後にした。
日がやや陰ってきた。まだ時間は早いが、せっかくの休日。どこかでちょっと贅沢な夕食でもとっていこう。最近、外食は家の近所が多かったが、せっかくなら少し足を伸ばすのもいい。今日の気持ちは肉か魚か。コースメニューも悪くない。暑くなってきたので、うなぎあたりも美味しそうだ。何を食べるか、心を躍らせながらわたしは海沿いの道へと歩き始めた。

---

あとがき

こちらを書くためにお茶のことを調べていたら、本当にお茶を飲みたくなってきますね。
最近だと本当に茶葉の消費が減っているらしいと静岡県経済産業部さんの資料から知りました。でも緑茶飲料は多くの世代で飲まれているらしく、綾鷹や伊右衛門やおーいお茶などの各種ペットボトルがコンビニやスーパーなどで販売されているからなのかなと思います。

たまには茶葉で淹れたお茶を飲みたいなと調べてみたら、本当に茶こし付きのマグカップやタンブラーがあるらしいです。マグカップはファミレスチェーンで見たことある形の物もありますが、おしゃれな柄のマグカップもあるみたいなので、わたしも何かいいのを見つけて買ってみようかと思います。

ちなみに、幼いころにお茶屋さんに海苔を買いに行く親に付いていき「なぜお茶屋さんで海苔を買うのだろう」と思っていたので本文中に書きましたが、東京都茶協同組合さんの記事に記載した通りの内容が書いてあったのでこちらにも書かせてもらいました。当たり前のように見てきていましたが、理由を知ってみるとなんだか面白いことってありますね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?