『本気のしるし』劇場版、シネ・リーブル池袋での公開にあたっての私見

 『本気のしるし』劇場版の公開館について、すでに以前にアップリンク吉祥寺で発表されていましたが、正式にシネ・リーブル池袋に変更となりました。4時間の長尺を秋の繁忙期に受け入れてくれたシネ・リーブル池袋さんに感謝します。予定通り10月9日公開となります。皆さん、何卒宜しくお願い致します。

シネ・リーブル池袋公式サイト:https://ttcg.jp/cinelibre_ikebukuro/

 もしかしたら、この対応に対して疑問を抱かれる方、やりすぎではと思われる方もいるかもしれません。すでに、友人知人からいくつかそういった意見も頂戴してます。自分は気の弱い人間なので反対意見を耳にするとすぐに心が弱くなってしまうのですが、自分なりに今の思いを説明させて頂きます。
 まず、すでに起きてしまったハラスメントとの関わり方は人それぞれであり、当事者との関係性の濃淡、受け止め方に応じて最善と思う判断をするしかないと思っています(一個人が世の中のハラスメントの問題すべてに向き合い発言するのは到底無理です)。
 で、私の場合は、これまでの映画監督としてのキャリアにアップリンクが深く関わり、また最新作もすでにアップリンクをメイン館としての公開が発表されていたこともあり、態度表明をすることに決めました。なお補足すると、私自身がアップリンク代表の浅井隆氏と接するのはだいたい映画館の外でのシンポジウムなどの機会が多く、そこで直接的に何か嫌なことをされたこともなく、映画館でスタッフへのパワハラの現場を目撃する機会もありませんでした。しかし、それは単に人は関係性や利害によって見せる顔を変えるという当たり前の事実に過ぎず、「私に優しかった人が誰かにとっては暴力的」であることはよくあることで、浅井氏を私の立場から擁護する根拠にはなりません。

 映画業界は今、自分たちの仕事の場をより安全な場所にアップデートできるかどうか、業界の外、映画ファンやこれから映画業界を目指す若者に対しここが安全な場所であることを証明できるかどうかが厳しく問われているのだと思います。
 ハラスメント、特にパワーハラスメントが発覚しづらく、改善が容易ではないのには理由があります。
 ひとつは告発のハードルの高さです。
 ハラスメントは、組織や業界内でキャリアを積んできた人間、権力構造において上位にある人間が、より弱い立場の人間に対し犯しやすい過ちであるからこそ、被害の告発は、報復や立場のさらなる悪化、失職、業界内からの偏見などの大きなリスクを伴います。
 また加害者が業界内に利害関係のある取引先を多く持ち、影響力の強い人間の場合、その行いは一時的な不利益を避けるため、あるいは積年の「友情」など、様々な理由において往々にして見過ごされやすく、結果として、特に業界内において被害の矮小化へと傾きがちです。
 社会的地位のある加害者とより弱い立場にある被害者の間ではそもそも力関係において非対称性が強く、どっちもどっちと静観する態度は、加害者側を現状維持というかたちで保護する方向に働きます。
 だからこそ、告発がなされたとき、まずは被害者の言葉に耳を傾けるべきだと考えています。被害者の訴えが常に必ず正しいとは限りませんし、興味本位の第三者がそこに何かの断定を下すこと、加害者を誹謗中傷するようなことはなんであれあってはなりません。
 しかし、被害の訴えがあったとき、「真実探し」を始めるよりも前にまずはそこにある被害者の「痛み」に寄り添うべきです。加害者として告発を受けた当人がまず「痛み」に向き合うのは当然の理想ですが、告発後の被害者が安心してその後も業界に関われるよう、加害者側と業務上関わりの深い立場にいる人や組織こそ、そこで起きたハラスメントに対して厳格な態度を取る必要があります。しかも今回のように、すでにアップリンク側も浅井隆さん本人もそれを認め、ハラスメントの有無がすでに争点となっていない状況であれば、なおさらです。

 個人的には、沈黙を貫く第三者を同じく当事者でもない自分が上から目線で非難したいとは思いません。私自身、こうやって理想を語りながら、自分の置かれた立場や状況次第によっていつも一定の態度を取れるかはわかりません。これまで身の回りで何かしらのハラスメントの被害が起きたとき、即座にその場で最善の対応を取れたかというと、反省することばかりです。
 『本気のしるし』の上映館が変更できたのも、まだ公開までに少しの猶予があったことも大きいです(現在アップリンクで上映されている作品についてはハラスメント問題に対し例え思うところはあっても現実的に対応は難しかったと思います)。
 昨年、私はこういったステートメントをアップしました。

https://twitter.com/fukada80/status/1194991108930994177

 ここで私は、ハラスメントについての考えを表明し、その深刻さに応じては仕事上の付き合いを取りやめる、といった趣旨のことを述べています。
 実際に残念ながら、すでに何名かの方と仕事の関係を断つことになりました。同様に、ハラスメントを引き起こしたことをすでに認めているアップリンクに対して今私にできることは、自分の映画を上映する場の安全が担保されるまで、粛々と仕事の関係を断つことです。
 今後、被害者の皆さんが納得できるだけの謝罪と和解が進むのであれば、『本気のしるし』を含め、拙作をアップリンクのスクリーンで上映したいと願っています(もちろんアップリンクサイドもそれを望めばですが)。結局、どれだけアップリンクが被害者の皆さんに誠実に向き合い具体的なアクションを示せるか、それ次第になります。

 最後に、イギリスのロイヤルコート劇場が2017年に出したハラスメントに対する公式のステートメントの抜粋を紹介したいと思います(訳はgoogle翻訳に手を加えたものです。間違っていたらスミマセン)。
公式サイト:https://royalcourttheatre.com/code-of-behaviour/

You must take responsibility for the power you have. Do not use it abusively over others more vulnerable than you. Think about what you want, why you want it, what you are doing to get it, and what impact it will have. If this is achieved, the problem is solved.
「あなたは自分の力に責任を負わなければなりません。あなたよりも弱い立場の人に不当に行使しないでください。自分が何が欲しいのか、なぜそれが欲しいのか、それを得るためにあなたが何をしているのか、そしてその行動がどんな影響を与えるのかを考えてください。これが達成されれば、問題は解決されます」
No one is alone. Everyone has responsibility to stand up for each other, to call behaviour out and to report it. Do not be a bystander.
「誰も一人ではありません。誰もが互いのために立ち上がり、行動を呼びかけ、それを報告する責任があります。傍観者になってはいけません」

 素晴らしい理念だと思います。が、素晴らしい理念を掲げてハラスメントを為してしまう人を非難し成長を促すだけでは、結局はパワハラする側が犯しがちな精神論的教育論と同じ穴に落ちてしまいます。
 ロイヤルコート劇場では理念を掲げるだけではなく、劇場に関わる全職員、スタッフから俳優にまでこの行動規範を共有し署名を求め、また毎年ハラスメントの専門家による職員向けのワークショップが実施されています。
 あるいは、ここ数年セクシャルハラスメントが社会的問題となっている韓国の映画業界においては、すべての座組にクランクイン前にセクシャルハラスメントについての専門家による講習を4時間受けることが義務付けられていて、しかもそれはすべて公的な助成金で行われていると言います。
 日本の映画業界も(に限らず)、そろそろ精神論から抜け出し、個人の資質に依らず組織として社会としてのハラスメント防止に向けての制度設計が求められている時期なのだと思います。
 その点においても、今回原告からアップリンクに出された協議案の項目のひとつ「貴社らにおけるハラスメント行為の再発防止に向けた社内体制の改革の実施」のなかにある 「労働者との定期的な協議、取締役会の設置、外部の人間によるコンプライアンス確保のための委員会の設置等」は、今後アップリンクが真摯に取り組むべき内容であることは間違いないですし、きちんと履行されることを望みます。

 最後に、劇場変更となると負担も大きくなるなか、監督の勝手な思いに歩みを揃えてくれた「本気のしるし」製作・配給関係者に感謝します。ありがとうございました。
 皆さん、ぜひ10月、シネ・リーブル池袋に足を運んで頂けると嬉しいです。他の公開館についてはまた順次公開していきます。10月にはそこにアップリンクも含まれていることを願いつつ。

深田晃司


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