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歴史が分からなくてもゴミ処理問題で考えると理解しやすい!?:映画『ヒトラーのための虐殺会議』感想と見どころ紹介

はじめに

※本記事ではナチスドイツによるホロコーストやユダヤ人差別を肯定・賞賛するものでは決してございません。

※5300文字くらい。長いです

先日『ヒトラーのための虐殺会議』というドイツで製作された映画を鑑賞してきました。原題は“Die Wannseekonferenz”で日本語に訳せば『ヴァンゼー会議』です。

このヴァンゼー会議というのは歴史上で実際に行われた会議の名称を指します。本作はこの映画を議事録に基づいて再現した映画です。

本記事は冒頭で記載したように文章量が多いので、予告編をまずご視聴いただき興味があれば読み進めて頂ければと思います。

まず映画のあらすじを引用します。

1942年1月20日正午、ドイツ・ベルリンのヴァンゼー湖畔にある大邸宅にて、ナチス親衛隊と各事務次官が国家保安部長官のラインハルト・ハイドリヒに招かれ、高官15名と秘書1名による会議が開かれた。議題は「ユダヤ人問題の最終的解決」について。「最終的解決」はヨーロッパにおける1,100万ものユダヤ人を計画的に駆除する、つまり抹殺することを意味するコード名。移送、強制収容と労働、計画的殺害など様々な方策を誰一人として異論を唱えることなく議決。その時間は、たったの90分。史上最悪の会議の全貌が80年後のいま、明らかになる。

『ヒトラーのための虐殺会議』公式HPより

結論から書くと、この映画は「ナチス・ドイツに興味がある・ある程度知っている」「ホロコーストに関心がある」人が鑑賞するとめっちゃ面白いとなります。「鑑賞してよかった~」ともなります。断言します。

その理由は「ヴァンゼー会議」を本格的に題材にして日本で公開された映画なんて(俺が把握する限りでは)無かったので。それを「お!」と喜んで鑑賞しに行く段階で我々は「ありがてぇ~」となるしかないです。あとは各々の期待値との落差に依ります。

本記事は、俺が『ヒトラーのための虐殺会議』を鑑賞して「ここが良かった~」とか「これも知ってたらもっと面白く感じるんじゃない?」と感じたことを箇条書きにしたものです。

ネタバレもありますが、ぶっちゃけ最大のネタバレである「実際にナチスはユダヤ人を虐殺しました」「ナチスドイツは連合国に敗北しました」を義務教育で習ったと思いますので、その辺は気にしてません。

なお、本記事に於ける歴史等の記述ですが、当方は頭パッパラパー大学あそ文学部卒でございますのでご参考程度でお願い致します。細かく書きすぎるとくどくなるので敢えて大雑把に分類しているものもあります。

本編

「ヴァンゼー会議」が開催された1942年1月当時の世界情勢は?

一つは、ナチスドイツとソ連との間に1941年6月に起こった「独ソ戦」でドイツ軍が実施した、ソ連の首都モスクワ攻略をする「タイフーン作戦」が失敗した直後です。ただナチスドイツ側は「今回は失敗したけどもう一押し!冬が終わればケリつくわ!」な認識です。

この時のドイツ軍はもうほぼ無敗で無敵です。ナチスドイツのソ連侵攻作戦を「バルバロッサ作戦」といって1941年6月に開始されたのですが、ソ連軍側に死者80万人・捕虜300万人の損害を与えています。

「うわ~1941年でソ連降伏させるつもりだったのにな~。粘るなあ。ソ連降伏はもう少し延びるのか~」みたいな感じの超余裕ムードです。

もう一つは大日本帝国が1941年12月に実施したアメリカ合衆国・ハワイ真珠湾への奇襲攻撃によってアメリカ合衆国が連合国側に立って大日本帝国・ナチスドイツ・イタリア(枢軸国)へ宣戦布告しました。

現在の我々から見れば歴史のターニングポイントですが、当時の枢軸国側としては「ソ連の首都陥落間近www」「ハワイを奇襲攻撃したぜwww短期決戦でやったらあwww」みたいな感じの、イケイケドンドンな感じと思って頂いて差支えないかと思います。

※実際のところバルバロッサ作戦ではドイツ軍側の損害は甚大でした。本記事では各国の雰囲気を無理矢理一つに落とし込んでいますが「これヤバくね?」という意見も当然ありました。詳細気になった方は各自でwikipediaなどをご参照ください。

そもそも、なんでナチスドイツはヨーロッパにいる全てのユダヤ人を虐殺しようとしたの?

これを説明すると平気で1億文字くらいになってしまいますので、本記事では超乱暴かつ直感的に分かりやすい例えを記載します。

ナチスドイツにとって、ユダヤ人=欧州にある処分したいゴミです。このゴミはほっておくと増殖します。そしてヨーロッパを汚染していきます。

※重ねて記載致しますが、本記事ではナチスドイツによるホロコーストやユダヤ人差別を肯定・賞賛するものでは決してございません。あくまで便宜上の例えである旨を再度記載させて頂きます。

本映画のあらすじの一部を再度抜粋します。

「最終的解決」はヨーロッパにおける1,100万ものユダヤ人を計画的に駆除する、つまり抹殺することを意味するコード名。移送、強制収容と労働、計画的殺害など様々な方策を誰一人として異論を唱えることなく議決。

これを超乱暴に例えると「ヨーロッパに(ナチスドイツにとって)1100万トンのゴミがある!どうやってこれらを処分しようか?」となります。「誰一人異論を唱えない」なんて当たり前です。ゴミは処分して当然のものなので。

「当時のユダヤ人迫害とかよく分かんない」と思われた方は、ゴミ処理の文脈で考えて頂ければスッキリ理解できるのではないでしょうか。少し気になった方は、映画『バビ・ヤール』の記事でこれについて触れていますのでご覧いただければ幸いです。

長々と書きましたが「ヨーロッパに散らばる1100万トンのゴミ処理を模索した会議」とイメージ頂ければと思います。

見どころ①基本的に自分の責任分野しか考えていないのが現代のサラリーマンと一緒

この「ヴァンゼー会議」にはナチスドイツの様々な立場の高官が参加しています。硬い言葉を使わずに表現すれば「侵攻中のソ連の占領地域を管理する人」「ポーランドを管理する人」「法律を監督する人」「ソ連の占領地域でユダヤ人たちを処刑して回る人」などです。

各々は基本的に「自分の責任範囲」「自分に責任が及びそう」な議題でしか発言しません。まあサラリーマンの会議もこんなもんですよね。自分の管轄外で変に発言すると「じゃあお前やれや。責任持てるんだよな?」となるし。

本作で一番分かりやすいのは、ポーランド総督府次官のヨーゼフ・ビューラーです。

この人

彼は「ポーランドにいるユダヤ人の数をいかに早急に減らすか」しか考えていません。そのため、議題で「じゃあユダヤ人は一旦東部(=ポーランド)に集めて、そっから”最終処分場”へ移送しようか」となった時に発言しまくります。

「いや、ウチはもうユダヤ人で一杯なんですよ!それなのにまた集めるんすか?無理無理無理無理!」「いやウチの上司こんなん絶対吞みませんって!」みたいな感じです。

この辺の事情も書けば長くなるんですが、簡単に言えばポーランドは人多すぎ状態でパンク状態でした。飢え、疫病、闇市場、無茶苦茶です。

この会議で「最終解決」を模索しているので「ユダヤ人多すぎだし殺して回るか〜」もまだ実行できません。実行できないというか、そういう思考がなかったと言うべきでしょうか。

そのため、あらゆる議題で「じゃあポーランドにユダヤ人を~」となったら「だから!もうこれ以上は無理って言ってるじゃん怒」と会話に突っ込んできます。彼は最後の最後までゴネまくります。

見どころ②そのため「一番肝心な議題」がツッコミが入るまでされない

「自国にある友好国の持ち物のゴミ(友好国はゴミと思っていない)の処分についてどう説明しよう?」「ゴミを処分するにあたる法律の整備はどうしよう?」「どうやってゴミを最終処分場へ持っていこう?」など議論が進んでいきます。

そして映画も終盤になったころ、もう議論しつくしましたな!意見のぶつかりはあったけど最終的に纏まって良かった!ワハハ!と参加者が酒を飲みながら立食形式で歓談ムードの時に、会議の参加者の一人がツッコミます。

「そういえばユダヤ人の”最終解決”の方法ってどうやんの?」

「ガス室だろ」と思ったのは我々は歴史を学んで知っているからです。

ガス室

これに対して会議の参加者は「国家保安部にお任せだろ」と一切関心がありません。「何言ってんだコイツ」な反応です。

何故なら自分の責任範囲外だからです。ゴミを最終処分場に持ってく責任者は、そのゴミがどう「処分」されるかなんて関心がありません。

悪役の会議にありがち(?)な「ねえねえ!どうやって殺す?」「こういうのが苦しいんじゃない?」みたいな描写はありません。最大効率で最速でゴミを処分できる方法しか関心がありません。ゴミなので。

ここからの「じゃあ順を追って説明しますね~」からの流れが倫理感もクソも無い完全に狂っている内容なのですが、映画も終盤であり鑑賞者の我々は完全にナチスの思考に慣らされていますので違和感なく「へえ~」と聞き入れてしまいます。

見どころ③偉い人の偉い人は凄いなとなる

過度なネタバレを避けるため一例しか記載しませんでしたが、こんな感じで各議題によって焦点が当てられる人物が移り変わる形で物語が進行します。ですので、議題によっては一言も発しない出演人物もザラにいます

そんななか、この会議を仕切っているハイドリヒは議論を巧みに誘導し「1100万人」のユダヤ人「すべて」の絶滅を遂行する流れになるように持っていきます。ここで「すべて」とカギカッコを打ったのにはもちろん理由があります。

再度ゴミで例えます。ナチスドイツ(正確に言うとナチズムの~ですが割愛)は1100万トンのゴミ「すべて」を「なるべく早く」ヨーロッパから除去したいのです。ただ政府高官の全員がそう思っている訳ではないので、「ゴミ」の処分について意見の差異が生じてきます。

「リサイクルできるゴミは活用しない?」「〇〇の類のゴミは今すぐ捨てる必要ないよ。使い潰そうよ」「待って、〇〇のゴミは思い入れあるし捨てるのはどうなん?」などです。本作ではこの辺の議論がめっちゃ白熱するのでお楽しみにください。

閑話休題。ですので、ハイドリヒは議論が「ん~このゴミは処分しなくていいよね」という流れになると巧みな手段を用いてこれを封殺します。

親玉

「結論ありき」の会議を主催する人ってこんな感じか~と感心してしまいます。

あと「自分の責任範囲しか考えない」偉い人を纏めるのが偉い人の偉い人で、これが経営者か~となりました(小並感)。

見どころ④鑑賞していると自然に自分も「狂う」

本作は「会議」が舞台であるのは既に書きましたが、あたかも自分のその出席者かのような錯覚に陥ります。出席者というか陪席者ですね。議題によっては目まぐるしい速さで議論が展開していくため付いていこうと無意識に会議に熱中します。

そうやっている内に「自分が一つの人種を絶滅させる議論に入り込んでしまう」んですね。日常生活では(レイシスト団体とかに所属していなければ)得られない体験ですが、これは「狂って」います。

見どころ②でも少し触れましたが。メタ的に言えば「いや映画見てるんだから熱中は当たり前だろ」となるかもしれませんが。

それはさておき「理解」が優先されて「倫理感」が無意識に置き去りにされてしまうんです。これは「狂い」です。俺はこれが本作を鑑賞した後に味わった一番の衝撃でした。

見どころ⑤参加者も当然「狂って」いて発言が面白い

そもそも議題が狂っているのですが。出席者によってユダヤ人に対する意識が微妙に違っていて、これで議論が発生しているのも本作のみどころの一つです。

「ベルリンのユダヤ人を勝手に”処分”するな!ドイツ人の親戚もいるんだぞ!お前らが殺しまわってるソ連の占領地域のユダヤ人と違うんだ!」と行政側の高官が発言して「どれも一緒だろ」と別の人物が反論したりします。

別の参加者は「熟練工のユダヤ人を勝手に”処分”するな!今は戦時中だぞ?替えが効かねえんだよ」と発言します。発言者は軍需産業の関係者である故の発言です。

つまり参加者の彼らにとって様々なユダヤ人観があり「ゴミ」にも種類があるんですね。なお、基本的に彼らは自分の責任範囲の「ゴミ」についてしか言及しません。

※くどいようですが、本記事ではナチスドイツによるホロコーストやユダヤ人差別を肯定・賞賛するものでは決してございません。あくまで便宜上の例えである旨を再度記載させて頂きます。

おわりに

長々と書きましたが「面白いから見て!」が正直な感想です。

最後に先立って鑑賞した俺からのアドバイスですが、本作はBGMが一切ありません。観客のガサゴソ音がめっちゃ目立ちます。

可能な限り、平日の朝早くなど観客が少ない時間帯で鑑賞されることをご推奨させて頂きます。

ユダヤ人迫害に関するご質問はお気軽にどうぞ。

あと、せっかくなのでお時間ある方はこの短編映画もご覧ください。エンタメでは無いので面白いか否か?では「面白くない」です。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

以上

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