喜ノ歌

カナダの端で、日本の半日あとを生きています。クリスチャン|言葉だからこそ表せるもの、言…

喜ノ歌

カナダの端で、日本の半日あとを生きています。クリスチャン|言葉だからこそ表せるもの、言葉でなければ伝わらないものを、言葉にのせて

最近の記事

インジゴの空

筆の先葉書に留めたい重ね塗り 深く遠く宙透かすインジゴ ふでのさき はがきにとめたいかさねぬり ふかくとおく そらすかす いんじご いつだったか、どこでだったか 黒に近いほど濃い青の、空があった。 この向こうにはあの宇宙があるのだから、と、 妙に納得したことを覚えている。 小学校でのこと、「空のある風景を描く」の授業で 先生が私たちに窓の外を指しながら、 「空の色は上の方が濃くて、下にいくほど薄くなるでしょう。だから、ほら」 そう言って私たちの注意を引き、青色の絵の具を

    • かたくすがる

      夏は夜あしたを待ちたる朝顔は堅く縋りつ天さして伸ぶ なつはよる あしたをまちたるあさがおは かたくすがりつ てんさして のぶ 夜風にはたはたと揺れる葉の向こうに、きつくねじり上げられたような蕾が見え隠れしている。 支柱を離すまいと堅く巻きついた蔓が、それらを中空に留めていた。 向日葵のように 胸を張って伸びることをせず 朝顔は 支えにすがって伸びてゆく ひと巻き ひと巻きを繰り返して 自らのかたちを変えることさえ厭わず 蔓は支えに巻きついてゆく 内側は少し 外側は多く

      • びろうどの角

        草を食むもたげた頸のその先に天鵞絨の角すと天仰ぐ くさをはむ もたげたくびのそのさきに びろうどのつの すと てんあおぐ 牡鹿に行き合った。 友人の家に続くトレイルはほぼ垂直に落ちてくる日差しに晒されて白っぽく、人通りはほとんどない。 靴の下で軽い音を立てる砂利を踏みながら歩いていくと、右手の森から悠々と目の前を横切っていったのは、身体の大きな牡鹿だった。 その大きさに反して角は短い。牡鹿はゆったりとした調子でぱし、ぱしと白い尾っぽを振りながら、先の丸い角を突き出すよう

        • 小さなあなた

          手紙には小さなあなたが乗ってきて わたしに宿り明日を共にす てがみにはちいさなあなたがのってきて わたしにやどりあすをともにす 手紙にはお決まりの挨拶のあと、彼女の近況が綴られていた。 教師をしていた彼女の字は「書き方」のお手本のように整っていて、縦書きの便箋に書かれたそれは板書を思わせた。見上げる黒板にチョークで「冷凍庫はアイスだらけ」と書かれているのを思い浮かべてくつくつと笑う。  暑中お見舞い申し上げます。  みなさんお元気ですか。私たちは元気です。  こちらはす

        インジゴの空

          いい夜だね

          Excuse me, 杖よけて胸つかえるを Lovely night! と皺の笑み 包む すみません、つえよけて むねつかえるを いいよるだね!と しわのえみ つつむ 短い夏を楽しむ秘訣は、長い夜を楽しむこと。 カナダの夏はだいたい6月から8月ですが、 夏は日が長く、冬は日が短い——この差が、とんでもなく激しいのです。 極端なのは夏至の頃。 朝の4時に日が昇り、夜の10時に沈みます。 反するは冬至の頃。 朝の9時まで日が昇らず、夕方4時に沈みます。 だからこそ、住人た

          いい夜だね

          ビイ玉、からり

          ラムネの音 鈍く落ち込むビイ玉の纏う泡まで飲み干して、からり らむねのね にぶくおちこむびいだまの まとうあわまでのみほして、からり 分厚い硝子のたなごころに揺れるビイ玉は、金魚鉢の底の、元気のない金魚のように見えた。 隣で私を見上げ、ぜんぶ飲んで、とせがむ息子は炭酸が苦手で、それなのにラムネを見ると買いたがる。ビイ玉と硝子瓶のたてる音が好きなのだ。一口飲んでから、傾けた瓶を戻す。こつ、とかすかな音がした。 きれいだね、シャボン玉の服だね。見下ろすと、大きく見開いた目

          ビイ玉、からり

          青い青

          日が打ちて焼き入れし葉の際光る切り裂くは空その青き青 ひがうちてやきいれしはのきわひかる きりさくはそらそのあおきあお きょうの日差しは強い。強い、という形容詞が日差しに使われるのはこのためか、と納得するほどに「強い」。 からりと乾いた大気は爽やかではあっても人を守る気はさらさら無いようで、熱と眩しさと肌を打つアレをひっくるめた光がまっすぐに落ちてくる。降り注ぐ、と表現するほど細かくはないような、塊で落ちてくるような、骨太の存在感と圧迫感。だから「強い」。 強い光に照ら

          けものみち

          森をゆく 茂る葉落ちて雪も消え 現れ出でる獣らの道 もりをゆく しげるはおちてゆきもきえ あらわれいでる けものらのみち トレイルと呼ばれる散歩道が、街の至る所に整備されています。 砂利やウッドチップが敷かれた道は、木々の重なりによって街並みから切り離され、街中に居ながらにして、自然の中を歩く解放感を味わえます。生活道としても使える(時にはかなりの近道になる)メインのトレイルがあり、そこから横道にそれて、大小の森に枝のように伸びていきます。 中には、湖をぐるりと囲むもの、

          けものみち

          くぎりのチカラ

          月曜日見目変わらずも内新た私も私をあきらめないぞ げつようび みめかわらずも うちあらた わたしもわたしをあきらめないぞ --- 月曜日、月初め、年の初めという区切り、もっと言えば日ごとの区切りというものに、私はどれだけ助けられているだろうか、と気づいた。 そしてあなたの、私をあきらめない、という言葉があるから。 私も、私を、あきらめないぞ。 #シロクマ文芸部

          くぎりのチカラ

          幸せの二つ名

          草の間に黄金のひかりの揺蕩うをバタの器と呼ぶ幸の味 くさのまに きんのひかりのたゆたうを バタのうつわとよぶ さちのあじ --- 夏のはじめ、ぐんぐん伸びる芝の、瑞々しい緑の絨毯に点々と現われると、見る間に群れて一画をなすようになる、黄色い花。 初夏にかけての花といえば黄と紫が主流で、さまざまな黄色の花があるなか、特に目を引く可憐なその花は、私のお気に入りでした。 ぷっくりと、子どものお遊戯の手が「おはな」を意味するあの曲線、薄く堅く、精巧な飴細工のような、つやりとし

          幸せの二つ名

          草色の茎

          紫陽花を一朶手折ればその茎の柔に伸びつつ確と立つさま あじさいを いちだたおればそのくきの やわにのびつつ しかと たつさま 水をたっぷりと吸い上げた、しっとりと重い紫陽花を支える茎は、その年に若芽から伸びたもので、まだ草の色をしています。 やわらかく、それでもしっかりと頭を支えるその姿に、この春から新しいところで頑張っている人が重なりました。 だいじょうぶ、 あなたをそこに置かれた神さまは、 きっとあなたに力を与え 日々、伸ばし しなやかさと 太さを与えて、 あなたが

          草色の茎