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ときめきサーティフィケーション MusicVideo シナリオ

ある村のはずれの山奥に、一匹のキツネが住んでいました。
彼は生まれてからずっと、一匹で暮らしてきました。

お腹をすかせて人里におりたある夜、ついうっかりと誰かがしかけたワナにかかり、彼は大きな怪我をおってしまいました。

こんなとき、いつも一匹ぽっちの彼にはどうすることもできません。
静かに目をとじて、彼は夢をみるのです。
それはとてもしあわせな夢で、これが自分が最期に見る景色でもよいと思えるものです。

ガサガサッ。
だれかの足音によって彼の夢は夜に吸い込まれていきます。
じっと目を光らせ、足音の正体を確かめると、そこには一人の人間の少女がたっていました。

「大丈夫?」
彼女は恐る恐るたずねます。

彼はそれにこたえることはなく、じっとそのまま。
彼と人間の相性は良いものとはいえません。
彼は多くの人間に傷つけられ、そして彼もまた、多くの人間を傷つけてきました。

彼女が彼に近づき傷にふれようとしたとき、彼はおおきなうなり声をあげます。
彼女はそれにひどくおどろいた様子でしたが、しかしまた彼にそっと手をのばし、自分の着ていた服をちぎり、彼の傷のてあてをしはじめました。
ウゥ、と うなってにらんでも、彼女はしらんぷり。
傷のてあてがおわると、彼にからまったワナをほどいてあげました。

ひゅうっと冷たい風がふきました。

「夏なのにさむいねぇ。」
彼のそばにすわったまま、彼女は空をみあげ小さくつぶやきました。

この日はよく晴れた日の夜で、みあげるとすんだ空には満点の星と綺麗な月が光っていました。おなじように空をみあげた彼は、ふわりと自分のしっぽで彼女をつつみました。
すると彼女はにこりと笑い、また空をみあげて言いました。

「手をのばせば星にも月にも手がとどきそう…まるで夢みたいね。」

そのままだまって空をみあげていると、続けて彼女はいいました。

「あなたに夢はある?」

彼はさっきおもいうかべていた夢のつづきをぼんやりおもいうかべます。
夢での彼は一匹ぽっちではなく、仲間や家族にかこまれ、しあわせそうに笑っています。

彼女はいいました。

「叶わない夢は見れないものよ。その夢はきっと叶うわ。」

彼女にそういわれると、なんだか、そんな気がしました。


つぎの日から、一匹と一人は山奥で暮らしはじめました。
陽がおちて夜になると、きまって彼女は彼のすむ山奥の木かげにやってくるのです。

彼女が持ってくる一つの果実と小さなパンを一匹と一人でわけて食べ、彼女はそのとき決まって夢のはなしをしました。

「いつかね、魔法で光るドレスとガラスのくつにきがえて、舞踏会でおどるの。大きなお城には、カボチャの馬車で行くのよ!」
ひどくすすけた本をとりだし、嬉しそうにそれを見せ、彼女はいつもたのしそうに夢をみます。

そしてきまって最後にいうのです。

「この夢はいつか叶うのよ」

そうして眠りにつく彼女を見ているのが、彼はとてもすきでした。

ある夜、彼のもとへきた彼女は、いつもとは少し様子がちがいました。
夢のはなしをせず、ずっと遠くをみつめているのです。
“どうしたの?”そう問いたくても、彼にはそのすべがありません。彼には人間のことばをはなすことができないからです。
かわりに小さく声をあげると、彼女は彼をみつめて、とてもさみしそうにいいました。

「ほんとうはね、魔法なんてないことはしっているのよ。みた夢が叶うなんていうのもきっとウソ。」
かなしそうにつぶやく彼女の目には、大つぶのなみだが浮かんでいました。

ビュン!と風がふきました。その風にゆられ、彼女のなみだがするんとまぶたからおちて、あしもとの葉の上におちました。すると、とつぜんその葉がキラキラと光だしました。

それはまるで、魔法のようでした。
一匹と一人はおどろき、目をみあわせます。

彼はたちあがり、彼女にむかって声をあげます。
彼女は彼のいっていることがわかるのか、こまったようにへんじをします。

「もういちど泣けって?もうむりよ、なみだはいまのですっこんでしまったわ!」

それでも彼が声をあげつづけるので、彼女はかんねんして、もう一度かなしい気持ちになるためにひっしに何度もとなえます。

「魔法なんてない、魔法なんてない、魔法なんてない・・・ああ、だめ!だってさっき葉っぱが光ったの、すごく魔法みたいだった・・・ほんとうに、ほんとうに・・・魔法はあるのかも!」

そう地団駄をふむ彼女がなんだかおかしくて、彼は笑います。
わらう彼をみて、彼女もなんだかおかしくなり、一匹と一人は大笑いします。

そして光る葉をひろいあげ、彼女はいいました。

「これはきっと、魔法の葉っぱよ!きっと、ねがいをとなえたら叶うのよ。ねぇ、なにか願ってみたら?」

そういって、彼の頭にそっと葉をのせます。

彼は目をつむり、夢をおもいうかべます。

するとどうでしょう。
さらにその葉はつよく光だし、空にするりと舞っていきます。
きらきらとほしくずを飛ばし、その光は彼女を照らし、あっという間に彼女はとてもとても綺麗なドレスを身に纏います。

彼女はおどろきます。

「やだ、わたし・・あなたの頭にのせるまえにこんなドレスを思い浮かべちゃったの、せっかくの魔法の葉っぱ、あなたにあげようと思ったのに!」
申しわけなさそうな彼女をよそに、彼はうれしそうにウオーンと声をあげます。

「…すごい、すごい!」
ドレスをまといくるくると回りながらよろこぶ彼女のめには、またなみだが浮かんできました。
ぽつぽつと葉におちていくたびに、その葉は光だし、空に舞っていきます。

ガラスのくつ、カボチャの馬車、星よりも輝く髪かざり。
するすると光が彼女をまとい、彼女のお気に入りのあのすすけた本の中のおひめさまのように、彼女はドレスアップしていきます。

そして、ひとつ残った最後の葉が彼の頭におちました。彼は光をまとい、まぶしくて目を閉じた彼女が次に目をあけると、そこには彼によく似た人間がいました。

大きく目をみひらく彼女でしたが、彼はひとこと、彼女を見つめて笑い、とってもきれいだね、とやさしい声でいいました。
彼女に伝えたいことは山ほどありましたが、彼にはその言葉を口に出すのが精一杯でした。

彼女はとびきりの笑顔で言います。

「ね!みた夢は叶うって言ったでしょう!ほら、ウソじゃなかった!」
くるくるとドレスでおどる彼女に、彼はうれしそうに笑いかけました。

しばらくして、遠くで鐘の音が鳴りました。するととけるように夜の空へ光がまい、あっけにとられているうちに、また一匹と一人のもとのすがたにもどっていました。

「ああ、魔法は解けてしまったのね・・」

すこしざんねんそうに、だけどまだどこかうれしそうに、彼女はそうつぶやきました。
しかしあしもとを見ると、まだ一枚、光る葉が浮かんでいました。
すると彼女はそれをすくいあげ、彼のあたまの上に乗せました。

「あなたの夢はまだ叶っていないでしょう?
だって、さっきのは全部、私が願った夢だったもの。
さあ、あなたの夢をとなえてみて。」

彼女にそう言われ、目を閉じた彼でしたが、やはりすぐに目をあけて、器用に葉をくわえそれを彼女のポッケに入れました。


彼女はふしぎそうに彼を見つめましたが、するりと彼が彼女に歩みよりじっとこっちをみてきたので、にこりと笑い、いつものように彼のあたまをふわりと撫でました。
彼はうれしそうに、小さく鳴きました。

夢がさめたあと、いつものように眠る準備をしましたが一匹と一人はなんだか名残惜しくて、よりそいながらずっと夜空を眺めていました。

次の朝、彼女が目を覚ますと、そこに彼の姿はありませんでした。

ふとポッケをのぞくと、そこにはたしかに彼がもたせてくれた葉っぱがありました。
光ってはいませんでしたが、確かにあの葉っぱでした。

ぐっと背伸びをしてからふりかえり、彼と過ごした木かげをみつめたあと、彼女はいつものように人里に降りていきました。

そしてこの日以来、一匹と1人はここに戻ることはありませんでした。



それから、あの日と同じ夏の夜が近づくと、月が出ている間だけ、その葉は静かに光りだします。その度に彼女はあの日のことと彼のことを思いだし、とてもしあわせな気持ちになりました。

そうして何年か経ち、いつからかその葉は夏の夜になっても光ることはなくなってしまいました。

光って夢を叶えてくれることがなくなっても、彼女にとって彼がくれたその葉はなによりも特別で大切なものでした。

彼女が最後に眠りにつくその夜、彼女を"おばあちゃん"と呼ぶ小さな女の子に、彼女はその葉を手渡して言いました。

「夢は叶うのよ」

握りしめた葉に女の子の涙が落ちたとき、その葉は最後に一度だけ、きらりと光りました。


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