ボブ・ディラン&ザ・バンド This Wheel’s On Fire

 1975年に発表された2枚組のアルバム「The Basement Tapes」の最後を飾る一曲。ディランの歌詞にザ・バンドのリック・ダンコが曲をつけている。リードボーカルもリック自身が務め、哀調をはらんだ声で切々と歌い上げている。
 その歌詞は、なにやら謎めいていて、旧約の預言書や新約の黙示録のような雰囲気がある。
 では、この曲の歌詞の内容を要約してみよう。
 「目の前で回転しているこのレコード(this wheel)を聞くきみの記憶力がよければ、いつかこのレコードの曲を理解する日がくるだろうが、きみの記憶力はそこまでよくないだろう。そして、理解できないがゆえに、このレコードを賞賛してくれるだろう。だから大ヒット間違いなしだと、レコード会社の人間(next of kin)に宣伝してくれ…」

 この曲は、ディランの「歌詞」を「詩」として語ろうとする音楽評論家のたぐいに向けられたものとわたしはみている。歌詞にみられる思わせぶりで象徴的な表現は、ディランの「歌詞」を文学的な視点から解釈するような連中をからかう内容となっている。
 まず、この曲は「あなたの記憶力が十分あなたのお役にたつのであれば」という一節から始まる。この一見へりくだっているようにみえて慇懃無礼な言い回しは、「あなたの記憶力はあてにならない」といっているのに等しい。そして、同じことを何度も繰り返し述べていて、どれだけ相手の記憶力を信用してないのかがうかがわれる。「だから、あなたとわたしは再会することはないだろう」という。これはつまり、ディランと彼らが曲を通じて分かり合える日がくることないという意味である。また、彼らは自分たちが理解できないからこそ、ディランの曲を賞賛しているのだという歪んだ心理をディランは承知している。だから、彼らが喜びそうな餌を随所に撒いてあるのである。「これ!これ」彼らの口元が緩むのが目に浮かぶようだとディランが思ったかどうかはしらない。そして、このアルバムはヒットするに違いないと、ディランの法律上の近親者(next of kin)、つまり、レコード会社の人間に宣伝をしてくれと彼らにいっている。
  第二節で、彼らの「靴ひも」をディランは没収しようとする。古代の奴隷社会において、主人の「靴ひも」をほどいてサンダルを脱がせるのは、新人の奴隷がする仕事であった。「靴ひも」を没収するというのは、彼らが雑誌などで述べる高尚な解説を鵜呑みにするような「奴隷」を増やさないようにするという意味なのだろう。彼らにヨハネのように「洗礼」をされてはかなわないとディランは思ったのかもしれない。こうした聖書の引用をまじえた言い回しなら、あるいは彼らに伝わるかもしれないという淡い期待をこめて。

 現在敢行中の“ROUGH AND ROWDY WAYS”ツアーのポスターの画像がディランのオフィシャル・サイトに掲げられている。ダンスを踊る幸せ絶頂のカップルのそばで、首をくくりたくなるほどの絶望のプレゼントを抱えた髑髏のような人物が描かれている。ディランをノーベル文学賞を受賞したロック詩人だと思っているひとは、この画をみながらディランというペルソナとの付き合い方についてよく考えたほうがいい。

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