妊娠、出産、自分の生き方、答えのない話


タイトル通りのテーマなので読む人によっては嫌な気分になるかもしれないです。
一個人の独り言だと思って読んでください。

私は既婚、子供はいない。
初対面の人に「お子さんは?」と当たりまえに質問されると構えてしまう。

職場にもうすぐ奥さんが出産するという同僚がいて、それに対して頻繁に既婚男性たちがわいわいと話している。
結構な声量なため嫌でも耳に入ってきてしまい、ずっとその話題が止まらなく、気分が悪くなった。

また、最近、学生時代の友人からの出産報告があった。
コロナ以降はめっきり会うこともなくなっていて(たまに連絡は取ってたけど)、妊娠してたのも知らなかった。
まぁこの歳になると何があるかわからないし、周りでは妊娠の報告はせずに出産報告のみということが多い。

ここ最近周りの妊娠・出産報告がとても多くて、毎回毎回胸がチクッとなって、泣きたくなる。この感情は一体なんなんだろうね。

モヤモヤの正体を知るために、自分が今考えていることを書いてみる。

結婚、出産。その選択。女性は特に、答えの出ない永遠のテーマだと思う。
今は選択肢がたくさんあって良いという見方もあるけど、どれを選んだって全部アタリだし全部ハズレな気もする。

今の私たち夫婦を形容する言葉は、「選択子なし」が一番近い。
でも、私自身はハッキリと産まないと選択したわけではなくて、たぶん産まないだろう。といった感じ。
そもそも子供があまり好きじゃないし、精神的、環境的、体調的にも私は子供を持たないほうが良さそうだなと思う。
親の「産んでみたい」程度の意識で本人の意思とも関係なくこの世に誕生してしまうなんて子に申し訳ないとさえ思う。

それに加えて大きな理由のひとつとしては、自分の幼少期があまり良い記憶がなくて、子育てを通してそれをまた辿ることになるのが耐えられない、というのがある。
明確に不幸な生い立ち!ということはない筈なのに、どういうわけかこの世の全てが気に入らなくてずっとストレスだった。
まず家の外に出るのが嫌。寒いのが嫌。みんなと一緒に行動しなければならないのが嫌。嫌なのに、嫌って言えない。そのくせ周りと歩調を合わせるのは何故か上手くできてしまうから、特に不満があるとは周りには悟られない。

あとは血縁というものにあまりこだわりがないのもあるかも。(父親が再婚で、私は母親とは血の繋がりは無いけど絶対的に家族だと思っているし昔も今もずっと大切な存在。)
私が産まなくても世の中には子供がたくさんいる。自分が産んだ命だけが子供ではない。

じゃあ夫はどうなのか。
普段の言動を見ていても夫は多分子供が好きだと思う。
知人の赤ちゃんを「抱っこさせて〜」と積極的に関わろうとするし(私は怖いのであまり触りたくない)、小さい子どもや動物が好きだ。
結婚当初はもし子供が産まれたら〜という発言をしていた時もあったが、今現在は自分の置かれている立場(年齢、経済的理由)を考えても子を持ち育てることは難しいと感じているだろう。
でも実はちゃんと話し合ったことはないんだけど!
私から何度か切り出してみたことはあるけど、毎回はぐらかされるから、それについては話し合う気がないんだろう。もし夫がどうしても子供が欲しい!と言っていたら、私の意識も変わっていたのかもしれない。お互いにそんな感じだから、そのままずるずると時間が過ぎて行っている。

そんなわけで、なんとなく、子供は持たないことにした。

だからってパワフルにバリバリ働いて…っていうのも自分的には違う気がする。今の仕事は好きだし天職やな〜、ラッキー★って思ってるけど、別にキャリアアップしたい!ってわけでもない(というか今の職場では役職とかそういう概念がない)。たくさんのお金を稼ぐことよりも、マイペースに心身健やかにやっていけることが私の中では大事なこと。

…こうやって書き出してみると自分ってなんてやる気のない人間なんだ。。って思う笑。やる気がないっていうのは、昔からよく言われていた気がする。

自分の考えとしてはそんな感じ。
でも、子供を産まないことへの罪悪感の正体は一体なんなんだろう。なんでこんなに申し訳ない気持ちになるのか。誰に?親?世間??
誰のための人生なんだ??

女は子供を産んで当たり前、ではない
結婚も出産も、してもしなくても良い
どちらも正解はないはず。
どちらの選択をしても選ばなかったほうの人生は分からない。

私だって、何も心配せずに結婚して子供を産んで育てられる人生が選べたならそうしたかった。
でもできなかった。

わたしはわたしのままで良い。いかにそのままで生きられるかを考え、行動するか。それが生きる上での課題だと思いたい。
幸せも、辛さも、人と比べる必要はないはず。

年齢のリミットが迫ってきて、それも余計に惑わせるんだろうな。完全にもう産むのは無理です!ってなったらスッキリするのかもしれない。否、もしかしたらそんなことは無くてずっとクヨクヨ悩むのかも、私の性格的に。

やらない後悔よりやった後悔!とかいう言葉もあるし、日常のなかではその言葉はとても腑に落ちるんだけど、この件に関してはやめといたほうがいい気がする…とわたしの中のわたしがずっと呟いている。

もう大丈夫!と胸を張って言えるようになったわけではないし、多分死ぬまで考え続けてしまうんだろうけど、それはそれで良いのでは。

ふとしたことでぐらんぐらんに揺らいでしまうけど、
これでいいし、これがいい。
とりあえず、これが今の私です。

元々無さすぎる自己肯定感は少しでも高めたいと思っている。
子育て支援には積極的に協力したいし、産まなかった偉人の本を読んだりしたいと思う。


「私たちは手に入れるだけ手に入れて、それでもまだ生み出すことを期待しています。でも、もう使い果たしていて、これ以上生み出すことはできません。私たちは最低な星を手渡されているけど、私はそんなものを自分の子に引き継がせたくない。魚が水の中で安心して暮らせるような地球で、私の子どもも生きていけるんだと思えるようになるまで、この問題に巻き込まれる人を増やすつもりはありません」
マイリー・サイラス

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