9/18 風が吹いた日、お尻を拭いた日

カーテンが大きく広がり、勢いよく吸い込まれていく。外にいる生きている風の呼吸がカーテンからわかる。急きょ夏季休暇をもらえたので、ゆかりさんに連絡をして子に会いにいく。その前に起きて洗濯機を回す。
そしてちょうど配信されたグロテスクな海外ドラマの最新話を見る。洗濯機が回るスピードで物語は進み、朝ごはんを終える。人が殺されているシーンを見ながら食べる朝ごはん。サイコパス気取りみたいだな、と思いつつ食べ終わり、ドラマも終わり、洗濯機も終わる。ちょうど。
洗濯を干してゆかりさんにLINEを返す。
子が生まれて何か変わっただろうか。
なにも変わっていない気がする。枕元には読もうとしている本が積まれて、読む本も見るものも変わらない。洗濯物を干しながらテレビではアンパンマンがやっているのを聞く。アンパンマンは君さー、と記憶の中とは変わらない歌が流れていた。
ゆかりさんから返事が来る。何時くらいに来るのかということだったので、時間を伝える。一人で病院へ行くのは初めてだった。
ゆかりさんがまず最初に子にミルクをあげているのだろう。その間に僕は出産費、入院費の支払いをして待合室に戻る。大きな窓がある待合室から空を見つめる。ドラゴンボールの元気玉みたいな雲がある。それを見ながら、子はなにをしているのだろうとか、そういえば村上春樹リミックスって本があったなとか考える。
考えた瞬間、子もいつかはこうやって考えるのだろうか、と思う。雲が流れて青空を見て何かを思うのだろうか。生きているということ意外の言葉はわからないけれど、窓の外にある雲は流れている。
時々、窓が軋む音がするほどの風が吹いている。
僕はゆかりさんを待ち、子に会うのを待っている。
元気玉みたいな雲が薄く伸び流れているところでゆかりさんが戻ってきた。少し早めにゆかりさんがやってきて「ゆきやのおしめを変えてきて」とのことで交代で病室へ向かう。初めてのおむつ交換。
慣れた様子で病室まで入るが、子が見つからないのでキョロキョロとしていると看護師さんにこっちですよと、と言われる。子は泣きすぎたのか疲れて虚無の顔をしていた。看護師さんはじゃあ準備をお願いします、と言うが、僕は初めてなので、と伝える。用意する物を聞き出して準備をして、いよいよおむつを広げる。ものすごい量のうんちをしていたので、まずはおむつを畳み、おしりふきで拭く。そして畳んだおむつを捨て、新しいおむつをつける。初めてのおむつ交換。これは難しい。ダッフィーでなんとなくやっていたが、子は動くしダッフィーは動かない。動く子の中でおむつを交換させるのは難儀だと思った。
交換を終えて抱っこをする。この前と違って縦に抱くこともしてみると、落ち着いた顔で一瞬僕を見て目を逸らした。しばらくして落ち着かないのか顔を赤くしてぐずってしまう。今、子はなにを考えているのだろう。
目が合ってもわからない。おーい、親だぞーと言う。聞いているのか聞こえていないのかわからない表情。
抱っこをしているとすぐに面会できる時間が終わる。僕だけが名残惜しそうにして、またね、と言っても手足をばたつかせているだけだった。
待合室に戻ると、ゆかりさんが座っていたので病院内にあるDOUTORでお茶をする。少しゆかりさんが不安な表情をしていた。まあ僕らには考えてもわからない。子のゆきやくんがなにを考えているのか、大丈夫なのか。考えすぎると不安になってしまう。
ゆきやくんはすごいマイペースな子らしい。ゆかりさんに似たんだなと思っていると、ゆかりさんは僕に似ていると思っているらしい。
ゆかりさんと話していると、窓から病院の入り口が見えた。スーツを着た会社員二人が話しているようで、名刺交換をしていた。さっきまで話していたのに?と思ったら、交換したはずの名刺を戻していた。
練習だったのかもしれない。
そこでなんとなく僕の頭の中に一本の線が通り抜けたような気がした。
僕は育児に参加していると思っていたが、参加ではなく一緒に歩んでいかなければいけないと思った。なぜか受動になっていた。なんかそんなことを思った。
まだ言葉にできないけれど、僕の中でゆきやくんとの向き合い方が見えたような気がした。

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