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戯曲:ゴールドマンサックス

休日の昼間、全くの快晴。
上池袋の道路の中心を老婆と介護士の女が歩いている。

介護士(舞台の端から現れる)もう少し早く歩けないのかね

老婆(介護士よりやや遅れて息を切らしながら現れる)ひい…ひい…

舞台の端から部活帰りの中学生の集団が走り抜ける。道の真ん中を歩いている老婆にぶつかりそうになったので、介護士は老婆の腕を強引に引き寄せる。老婆、悲鳴をあげる。

老婆 (介護士を睨み上げるように)夢だと思いたいね…この世界の何もかもが…

介護士 (腰が曲がった老婆の目線に合わせるように屈む)いいや、現実だとも。腰を曲げて息を切らしながら、上池袋の薄汚い街をいざるように歩き回る事が、お前の人生の仕上げである事も含めて、全て現実なのだ。

場面少し暗くなる。舞台の端にスポットが当たり、突如スーツを着た若い男が現れる。

後藤 (はっきりとした厳しい口調で)確かに現実だ。

老婆、介護士、突然の出来事に振り返る。場面再び明るくなる。

後藤 (老婆と介護士に近付きながら)お前たちは、若い頃から幸福になりたいと思って生きてきただろう。そのために、愛するものの死を願ったこともあるだろう。家族や恋人以外の、禁じられた男を求めた事もあっただろう。


後藤 (キッと睨みつけ)運命は冷酷でも温厚でもなく、ただ唐突なのだ。全ての運命を受け止めることはできるか。

老婆 (困惑しながら口を開く)お前は…

後藤 (やや頭を下げて)申し遅れました、ゴールドマンサックスの後藤と申します。

介護士 (大きな声で怒鳴りつけるように)一体何の用なんだい。

後藤 (後ろ手を組み、老婆と介護士を通り過ぎるように移動する)私は夜空の星々に手を触れたい、月を持ち帰り部屋に置いて、地表の凹凸を仔細に眺めたいのです。

老婆と介護士、理解出来ずに訝しむ。

後藤 (二人に背を向けて、大げさな口調で手を広げながら)またそのための翼を求めて千里を走り、求めた先で毒矢に打たれて体が蝕まれようとも、辺境の地に咲く怪奇な植物を眺めるように、私に訪れた運命から目を背けずに眺めていたいのです。

後藤 (声を潜めて呟くように)世界の果てまで…いや、自分の果てまで? おっと(後藤、踵を返す)あなた達は金貨をご所望ということですか?

老婆 (無関心な風に)私たちを冷やかしているのかね。

後藤 (微笑んで)そうですか。では、ここに一万円札がありますね、これをセブンイレブンでコピーして100000000000倍にしたものをあなた方に差し上げます。

突如として100000000000万円の札束が二人の前に現れる。老婆と介護士、大喜びで札束の山に飛び付く。

後藤 (ますます嬉しそうに)そんなに喜ぶのでしたら、さらに100000000000万倍にしてあげましょう。

老婆と介護士、歓喜のあまり抱擁する。金銭的余裕が優しさを生み出し、周囲の人にもお札を配り始める。舞台袖からぞろぞろと人が現れる。岸田総理も少し遅れて現れ、道に落ちた札束とドル札を交換するが間に合わない。インフレで全ての商品が100000000000万倍になってしまうが、狂乱の中で誰も気がつかない。場面が少しずつ暗くなり、後藤にのみスポットが当たる。後藤がスーツの内側からゆっくりと抜き身の日本刀を取り出すところで閉幕となる。




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