【直撃取材】ローンチから2年半でARR21億円 Bill Oneの急成長を解き明かす
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「数多くのスタートアップが誕生した業務系SaaS市場において、もはやホワイトスペースはなくなった」
SaaSプレイヤーの飽和感も指摘され始めた2021年。業界関係者の認識をくつがえす、驚異的な成長を見せるSaaSプロダクトがあった。
新興SaaS企業の雄、Sansanが名刺管理に次ぐ成長の柱と位置付けたインボイス管理システム「Bill One」だ。
直近で公表された2023年5月期 第2四半期決算説明資料では、プロダクトローンチからわずか2年半でARR21.2億円に到達したことを明らかにした。
サービス単体でもグロース市場にIPO出来る規模まで急拡大し、Sansanの成長ドライバーとなりつつある。
調査を進めていくとBill Oneの急成長には「クラウド請求書受領サービス」市場そのものが驚異的なスピードで立ち上がっていることが見えてきた。
このプロダクト領域には、LayerXが展開する「バクラク請求書」や、freeeが100%子会社化した「sweeep」、Deepworkが提供を行う「invox」などサービス間の競争も過熱している。
請求書受領サービスSaaSはなぜ急速に伸びているのか、そして、Sansanが考える独自戦略とは何か。
企業データが使えるノートでは、Bill Oneの事業統括を担うSansan大西氏に単独インタビューを行い、知られざる成長の背景を独自分析とともにお届けする。
* 本記事では2022年10月にインタビュー行ったBill Oneの起案者である柴野氏の話も参照している。
調査会社が明かす「異例の急成長市場」
クラウド請求書受領サービス市場は、この3年程で急速に立ち上がりつつあるマーケットだ。
デロイト トーマツ ミック経済研究所の調査では、2020年度にはわずか7.3億円に過ぎなかった市場規模が、2026年度までCAGR(年平均成長率)76.2%の伸びを見せ、412.4億円まで拡大することを予測している。
このような急速な市場の立ち上がりは、これまでのSaaSカテゴリーの中でも群を抜いており、ミック経済研究所も「驚異的な成長が見込まれるクラウド請求書受領サービス」と、異例の表題で詳細を報じている。
請求書関連システムでは、ラクスの「楽楽明細」やインフォマートの「BtoBプラットフォーム 請求書」メイクリープスの「MakeLeaps」など既に多くのプレイヤーが出揃っているように思われるかも知れないが、これらは「発行型」のシステムにあたる。
発行型は、企業が請求書を一括作成・送付することが可能となるサービスだ。
従来は、紙に印刷・封入・郵送していた請求書の発送作業をWeb上で一括して管理・送付ができる「送り手」の効率性を上げるサービスであり、2010年代には多くのプロダクトが立ち上がった。SaaSが勃興する中でもいち早く市場が確立した分野と言える。
一方、請求書の「受け手」の効率性をあげるサービスはこれまで限定的な展開に留まってきた。
理由は、請求書が自社に送付される場合、電子的なシステム、メールによるPDF添付、書面による郵送など、様々な手法、フォーマットによって送付されるため、デジタルデータとしての一元的な取り込みが難しかったためだ。
経理部門では、受け取った紙やPDFの請求書を一件一件、手入力で会計システムに打ち込む作業が毎月のように発生し、業務に忙殺されてきた。
「発行型の場合、起点である自社が発行する分の請求書をデジタル化すれば実現できますが、受領型の場合は複数の取引先がいるので、取引先を巻き込んだ業務フローの変化が求められます。これはコントローラブルではないので大変ですし、相手に負担をかけたくない、かけられないといった思いが障壁となっていました。(大西氏)」
大西氏の発言の通り、「発行型」は自社完結でデジタル化が進めやすいことに対し、「受領型」は、自社完結が難しいことがシステム普及のボトルネックとなっていた。
このような課題に対し、AI OCRによる高精度な自動データ取り込みや人的サポートによるオペレーション構築で、データの取り込みを可能にしたのが近年立ち上がっているクラウド請求書受領サービスだ。
例えば、Bill Oneは、紙の請求書であっても一括で受領するセンターを設け、AI OCRでデータ化に加え人的な入力サポートも行いながら「アナログからデジタルに変換」するサービスを提供している。
このような体制を構築することで請求書の送り手は、請求書送付の住所変更やメールアドレスの変更を行うだけで、受け手は請求書のクラウド管理が可能となった。
それでは、なぜ今、クラウド請求書受領市場が近年急速に立ち上がっているのだろうか。
1点目は、上述のとおり、経理部門における請求書処理業務の重さ、煩雑さが何よりも大きい。
経理部門が抱える悩みはフォーマットが複数ある入力の手間だけに留まらない。請求書は、経理部門宛てのみではなく、現場の担当者に直接送られるケースも多々ある。そのため「締め作業間際に提出される」「出し忘れがないか都度リマインドを出す」といった労力にも大きな時間を割かれているのが現状だ。
後述するBill Oneの立ち上がり経緯もこのような業務に大きな課題を感じた、柴野氏(当時、Sansanの経理担当だったBill Oneの起案者)の体験に端を発している。
急成長2点目の要因は、AI技術の発達によるOCR精度の向上が挙げられる。ChatGPTなど革新的な進化を遂げるAI領域だが、近年、文字認識・解析における発展も目覚ましい。
sweeepは、2021年のプレスリリースで自社のOCR技術で請求書の読取精度が98.5%まで向上したことを公表している。
経理の業務性質を考えれば、最終的には人力で修正を行い100%の精度にしていく必要がある。それでもゼロからの打ち込みの手間を考えれば、半自動化と言える精度までAI OCRが発達した技術的な進歩が市場形成を可能にしたと言える。
3つ目のポイントは、数十年に1度とも言える外部環境の変化だ。
2020年に発生した新型コロナウイルスが呼び水となったリモートワークシフト、請求書などの書類をデジタルデータとして保管することを義務付ける電子帳簿保存法の改正、そして、2023年10月に始まるインボイス(適格請求書)制度。これらの変化が一体となり請求書システム市場に大きなインパクトをもたらした。
「経理業務は繰り返しの業務が多いものの、その処理方法は会社ごと、経理担当者ごとに大きく異なり、職人技といえるような側面が各作業にあります。(柴野氏取材時のコメント)」との通り、優れたサービスがあっても、既存のオペレーションが硬直化し、システム活用が進まないことは様々な分野でも起こってきた。
そこに、法改正による強制力や物理的に出社が難しくなるといった変化が同時に起きたことで、作業慣習の壁が崩れていった。
インボイス制度の対象は約500万業者いるといわれ、これらの企業が今急ピッチで対応に追われる中、一気にポテンシャルユーザーが誕生している。
このような3つの要素が2020年から2021年にかけてオーバーラップし「驚異的な成長が見込まれるクラウド請求書受領サービス」市場が誕生した。
Sansan 寺田氏も「良く分からなかった」Bill Oneの立ち上がり
筆者は、当初「Bill OneはSansanが名刺管理で培った紙からデジタルへのデータ化ノウハウを転用したサービスをトップダウンで取り組んだ」ものと予測していたが、実際に取材を行うと全く逆のアプローチから誕生していることが分かった。
Bill Oneは、Sansanに入社した1人の経理担当者の情熱から生み出されたサービスである。
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