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HENNGEのSaaS KPI 開示録

「企業データが使えるノート」では、「アナリストにSaaS企業分析・データ作成をアウトソースできる」をコンセプトにSaaS企業に関するデータ・コンテンツを発信しています。

今回はSaaS KPI開示についてインタビューを交えた特集記事です。

近年、SaaS企業のIR開示として定着しつつあるARRやChurn RateといったSaaS KPI開示ですが、その公表資料に対し高い評価を受けているのが企業向けクラウドセキュリティサービスを展開するHENNGEの決算説明会資料です。

まだSaaS各社のKPI開示が限定的だった2019年において、IPOを行ったばかりのHENNGEはいかにして投資家から信頼される情報開示に至ったのでしょうか。

今回は創業期からHENNGEを支えてきた取締役副社長 天野さんと、IR担当の片岡さんにお話を伺いながら「投資家の正しい理解を得るためのSaaS KPI開示」についてお伝えしていきます。

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↑ HENNGEオフィスにお邪魔しました(左:天野さん、右:片岡さん)

天野治夫 | 取締役副社長CFO
1999年11月に株式会社ホライズン・デジタル・エンタープライズ(現HENNGE株式会社)に新卒入社。経理財務、経営企画、CFO、管理部長、社長室長、内部監査室長などを担当。会社の株式公開準備に携わり、2019年10月に東証マザーズ上場。2020年12月に取締役就任。

片岡茜子 | ビジネス・アドミニストレーション・ディビジョン副統括
ベンチャー企業でネットワークエンジニアに従事した後、管理部門に従事。その後複数企業で財務、管理会計を担当。2014年9月にHDE株式会社(現HENNGE株式会社)に財務セクションのマネージャとして入社。会社の株式公開準備に携わる。現在はIR担当として従事。

HENNGEの決算説明資料ココがポイント!

HENNGEはIPO当初からARR、ARPU、契約社数、平均ユーザー数、Churn Rateといった主要なSaaS KPIの公表を他社に先駆けて行っています。

今でこそSaaS企業のメトリクス開示が一般的となりましたが、HENNGEがIPO準備を行った2019年以前においては先に上場を行ってマネーフォワードもARRなどを公表していませんでした。

そのような状況で他社に先駆けて開示を行うだけでなく、その理解の仕方についても啓蒙しながら投資家と対峙してきたのが天野さん、片岡さん、そして社長の小椋さんを中心とするHENNGEのIRチームです。

この取り組みの成果もあり、2021年3月時点の株価はIPO時の公募価格1,400円から7,000円の5倍程度まで上昇。投資家に対しHENNGEのSaaSビジネスのポテンシャルが時を追うごとに伝わっていった様子が伺えます。

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* Google 株価ページ参照

筆者自身もSaaS企業各社のKPIを恒常的にウォッチしているなかで、HENNGEの決算説明資料については数値結果だけではなく、「何を」「どのように開示をしているか」について注目をしてきました。

開示において注目のポイントは以下を上場から一貫して公表している点です。

① ARRとブレイクダウンである「契約社数 × 平均ユーザー数 × ARPU」を明示

HENNGEはARR構成要素を「契約社数 × 平均ユーザー数 × ARPU」にブレイクダウンし開示を行っています。

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HENNGEが行うSaaSビジネスにおいてはLTVを最大化させることを目標としています。その主要素であるARRを増加させるためには、契約社数、平均ユーザー数、ARPU(単価)を上げる。このような図式をシンプルに提示しています。

従来型の「売切り型ビジネス」のKPIと明確に区別し、SaaSに馴染みのない方であってもこのビジネスが「何を追い求めているか」の理解を可能にするためのメッセージが込められています。

② 事業戦略とKPIの紐づきが明確

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ARRの各内訳がそれを向上させるための施策と結びついて説明がなされています。KPIとその改善行動のメッシュが細かいため、より踏み込んだ議論が可能です。

例えば、SaaSにおいては「カスタマーサクセスに力をいれる」という方針を耳にすることがありますが、HENNGEにおいてはそれが契約先でユーザーが長期に渡り利用が出来るためのサービス利用促進を行っており、それがn数の最大化に寄与しているという詳細な点まで理解が可能です。

③ KPIの時系列での変遷を提示

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ARRとブレイクダウンを過去から時系列で提示しています。

SaaSのKPIは財務科目と違い厳格な定義があるわけではないため、他社比較よりも、その企業においての時系列比較でトレンドを確認することが重要です。

HENNGEにおいては、短期的には営業・マーケティング施策によりN数を向上させ、長期的には機能開発などによりARPUを向上させるという方向性が提示されています。これにより、戦略に対するステークホルダーの目線が揃いやすく、より効果的な議論が可能になると考えられます。

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繰り返しとなりますが、このようなフォーマットは現在でこそSaaS各社で定着しつつある開示形態ですが、2年前にはこのような公表を行うSaaS企業は稀でした。

当時についてのお二人は以下のように振り返ります。

片岡さん:当時は他社でMRRなど公表する企業は一部ありましたが、ARR自体を開示しているケースはなかったと思います。SaaSビジネスの本質を伝えるためにはARRの公表は絶対に行いたいと思っていました。
天野さん:代表の小椋はCTOでもありますが経済学部出身だったので、こういったシンプルな公式で表す志向が強く、皆で議論の上、経営として掲げる数値としてこの形態に落ち着きました。

結果としてのプロの投資家の方からも「ここまで示してもらうと議論がしやすい」とフィードバックをいただいています。

自分たちのビジネスをいかに表現するかという起点から、議論と試行錯誤を重ね、先進的かつ、手触り感のある開示を行ってきた、そんなHENNGEの姿勢が垣間見えてきたでしょうか。

SaaS KPIは誰にでもフェアに伝えるために開示する


上述のようにHENNGEのSaaS KPI開示はIPO当初から現在に至るまで投資家とのコミュニケーションの肝となっています。

このような開示の姿勢にはどのような思想があるのでしょうか。

天野さん: 実はHENNGEには投資銀行出身者など金融バックグラウンドのメンバーもおらず手探りでIRを開始しました。

IPO当初は先に上場をしていた企業が一部KPIを開示していた状況ですが、自分たちのビジネスの実態を伝えるためには、さらに踏み込んだ開示内容にすべきであると議論したことを覚えています。

IRに対する基本的な考えとしてはそれぞれの投資家の方に「同じことを繰り返し言う必要がない状態」を目指しています。

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↑ 創業当初から新卒入社でHENNGEを支える天野さん

天野さん:例えば、今回の2021年第1四半期決算で初めて公表を行った顧客の規模別開示もそのような考えの元資料化しました。

IRミーティング時に「従業員数300-500名規模がHENNGEのメイン顧客である」との説明を行うことが多かったのですが、「それは全体の顧客の中でどのくらいの割合か」という質問をいただくことが増えました。

そのような質問に対し、閉じた場だけでなく、あらかじめ広く伝えるために開示内容の追加は必要と判断しました。その甲斐もあって、この資料をベースとしたディスカッションも増えていて公表した手ごたえを感じています。

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↑ 投資家とのコミュニケーションを経て今回決算より開示

片岡さん:顧客層に対する質問はよくあったのですが、開示内容が多すぎても逆に混乱させてしまうので色々と悩みました。この円グラフを表現するためにも9つくらい切り口をつくったなかで、最終的にこのスライドに到達しました。笑

SaaS KPIは社内全員が理解し、責任を持つ

SaaS KPIの公表はビジネスの本質が伝わりやすい一方で、事業がダイナミックに変化していくSaaS企業にとっては継続開示を行うことの難しさや、KPI基準が異なりながらも安易に他社比較の対象となり得るため、公表に躊躇することも多いと聞きます。

開示にあたってのメリット・デメリットをIPO後2年間のIRを経てどのように感じているのでしょうか。

天野さん:基本的に「出さなければよかった」と思うことはありませんでした。IPO前はSaaS KPIを重点的に管理していませんでしたが、公表することで社外だけでなく、社内の目線を揃えることができたことも大きなメリットだと感じています。
片岡さん:営業部門はARRやその分解要素、CSはChurn Rateなどの目標とも紐づいているので社員のKPIに対する認識の高まりも感じます。開発部門を巻き込んで「どうすればARPUを上げられるか会議」などの取り組みも行うなど、IRとして掲げている数値が現場まで浸透している状況をつくりだせています。

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↑ IPO以前からSaaS KPIのコンセンプトを伝えてきた片岡さん

ダイバーシティや開発力は定量的な表現が難しい

自分たちのSaaSビジネスの実態をフェアに正しく伝えることに力を注いてきたHENNGHEですが、今後の開示やIRについてどのような展望をもっているのでしょうか。

片岡さん:私は今までとは異なるSaaSのビジネスモデルに面白みを感じています。SaaSはお客さまとの継続関係が前提となるため、真摯に向かい合い続けることと、とても相性のいいビジネスです。今までの会計基準からでは表せないものが多いですが、どうにか表現できればと思っています。
天野さん: フェアディスクロージャーの観点も含め、開示資料での表現によって究極的にはIRミーティングが不要と言うか、数値質問のため場はいらなくなるような形が望ましいのではないかと感じています。

その場限りで特定のKPIをお伝えするということはないので、そうすると投資家の方も「最近社長は元気ですか?」みたいな質問になってきました。笑

ビジョンや非数値化されづらい面で、HENNGEの成長のために重要な要素など伝える場になっていくのではないかと思っています。

HENNGEは社内公用語が英語ですし、社員のダイバーシティもが高い。また社長自身がCTOであるように開発力の向上に注力していることが競争力の源泉になっています。

私たちの社名である「HENNGE」は変わっていくことによって得られる強さを現していますので、そういった観点が伝わる開示になっていくといいなと思います。

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今回のインタビューは事前に行ったSaaS KPIに関する勉強会の中で天野さん、片岡さんから「投資銀行出身者もおらず、お手本がない中で、何を投資家に伝えるべきか自分たちで悩みながら議論し、手探りでKPIの開示を始めた。その結果今のフォーマットに辿りついた。」というエピソードをお伺いし、記事化に至りました。

既に多くのSaaS企業が開示を行う中で決まった型があるようにも見えますが、やはり立ち返るのは「自分たちのSaaSビジネスは何を伝えることで適切に理解が進むか」であり、もし今後開示を検討される方が悩んだ際はこの記事を再度ご覧いただけると嬉しいです。

今後もSaaS企業のIPOが続いていく中でトップランナーであるHENNGEの開示に引き続き注目し、その価値を伝えていきたいと思います。

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