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備忘録46 春になったら

人類の中で、見切りをつけるのが上手な人と、べらぼうに下手くそな人がいると思う。

私は圧倒的に後者で、クレーンゲーム・パチンコだったら大負けしているタイプの人類だ。

まだ、もしかしたら、やっぱり、でも
と、自分の中で永遠に繰り返す。
つまり、損切りが下手くそなわけだ。

いつだって気づいたら私は後悔の渦にいて、もう後戻りはできないところにいたりする。

今日はそんな私の、ある一日のことについて書く。

もうこのままではダメだと思ったわけだ。
彼から、「もう俺たちは前に進まなきゃ行けない」と釘を刺された。

いや、実はずっと釘なんて刺されていて、あたしはもう藁人形よりもボロボロな状態だった。
でもゾンビのように生き返り、また傷つき、そんな日々を繰り返していた。

だけど全てに気づかないふりをしていて、「まあまだ若いし」「今彼氏いらないし」「誰といても楽しくない」そう言い聞かせながら、この状況に甘んじていた。

しかし、彼と私の心持ちは、再会したあの日からずっと違ったようだった。
彼は私達のことを「止まり木」のような関係だと言った。
前に進むための、二人から卒業するための、止まり木。

その本当の意味に気づかない、というか、考えないようにしていた。
だし、今でさえその本当の意味を理解したふりをしている。
なぜなら、きっと彼は私のところへ戻ってくるって思っていたからだ。

この希望的観測のような無駄な祈りは、無事彼によってへし折られることになる。

分かってる。分かってる。頭では。
だし、それを受け入れないように仕向けていたのはずっと私だった。

だから私は、もう終わりにしようと言ったのだ。

言ったのに、寂しそうに「そっかぁ、しょうがないねえ」と呟く彼の顔を見て、泣いてしまった。
泣いて、また彼を困らせた。
そうだ、私は彼の、少し寂しそうな顔がすごく好きだった。
またいらぬ感情を思い出した。

いいじゃん、まだ一緒にいようよ。寂しいよ。ちはる暇になっちゃうよ。という彼の言葉は私の固い決意を秒速で揺るがした。

今日の夜で最後、最後だと思っていたから、興味なかったけど彼が一番好きな映画である「ファイト・クラブ」を観た。途中で彼に気づかれないように、寝ていた。
食材泥棒する彼も、嫌々許した。

私は馬鹿馬鹿しくなって、考えるのをやめた。

ダメなんだよって何度も念を押した。
でも私の言葉は、宙に舞って彼方へと飛んでゆく。
彼は、周りの人間を失うことに恐れている様だった。
私という大事な"友達"を失うことを。

朝、家を出る前、二人でベッドに寝っ転がっていた。
彼の顔を見て、彼のことを愛していたことを思い出した。
同時に、この生活の終焉、というよりも、もうすでに死んでいるこの生活に気づいてしまった。
私だけが足踏みをして、過去に執着してばかりいる。

この切なさと喪失感が言葉にできなくて、泣いた。

結局私は、「春休みが終わるまで」というあってない様な制限付きで、彼と約束をした。

お前なんなんだよ!と笑う彼は、いつもよりいたずらで嬉しそうだった。
その顔が見たかったんだよ、ずっと。
そのちょっと意地悪で、目の横に皺がよった、その笑顔が。

2月中旬にしては暖かすぎる、春の嵐の中で私はドアに手をかけた。やけに強くて、生暖かい風が私の髪を揺らしていた。
眠そうな顔で玄関まで見送りに来た彼に、「またね」と言った。

まるで次があるみたいだった。
いつ終わるかもわからないこの日常に。
これもまた私の希望的観測であり、事実と大きく離れた理想であることは間違いない。

まるで彼は呪いだ。呪縛だ。
と、私はまた彼のせいにして逃げようとしている。
何かで読んだが、好きという心は自分では解けない呪いらしい。

私はまた彼の胸の中ですやすやと眠ることを望んでいる。
彼に作る料理に、彼が嘘でも美味い!と言ってくれることを望んでいる。

春が終わるまで、春が終わるまで。

きっとこれから、私は、この季節を一生思い出すことになるんだと思う。

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