はじめての両想いはビターチョコの味がした(前編)
間もなくバレンタインですね。
デパートの催事場には期間限定のギフトが並んでいて、ダイエット中であることも忘れてメゾンデュショコラの限定品を買ってしまった。1日2粒までと決めて、ゆっくりと楽しもうと思う。
で、この季節になると、初めて付き合った頃をどうしても思い出してしまう。今年も催事場でメリーチョコレートのロゴを目にした瞬間、「あれから15年以上経つんだな…」と、不思議な気持ちに包まれた。
というわけで、今回も身を削って過去の恋愛について語りたい。ただ、これまで思いつくままに過去を回顧していたことに気づいて反省したので、これからは時系列に沿って綴ろうと思う。
(約15年前にタイムスリップ)
初めて彼氏ができたのは、中学3年の終わりだった。それも、卒業式を終えて桜が咲き始めた頃だ。
彼との出会いは、中学3年から通い始めた近所の個別指導塾だった。エスカレーター式の中高一貫校に通っていたが、母からの勧めによって週1回だけ塾通いを始めたのだった。
その塾は、生徒2名に対して講師1名のシステムだった。彼は私と同じコマで同じように数学を受講していた。背が高くて声が低めの子だなというのが、彼への第一印象だった。講師の大学生からは同学年だと聞いてはいたが、「塾は友達を作りに行く場所じゃないからね!」と、母から厳しく釘を刺されていたこともあり、話しかけることはできずにいた。
だが、2学期が始まったばかりの頃、授業開始の数分前に「ごめん、シャー芯くれる?」と、彼から話しかけられた。突然の出来事に驚いたわたしは、「2Bだけど…」と、伏し目がちに答えながら、芯を数本分けてあげた。彼は「ありがとう!おれも濃い芯が好みだから超助かった!」と、気さくに笑いかけてくれた。
そのやりとりをきっかけに、少しずつ彼と話すようになった。彼は男子校に通っており、GLAYに憧れて軽音楽部でギターを弾いているのだと、いつも楽しそうに話してくれた。ある日、「今度、文化祭でGLAYとBOØWYをコピーするから、友達でも誘って見に来てよ!」と誘ってくれた。邪気のない笑顔で誘ってくれた嬉しさに、胸がいっぱいになった。「うん、絶対行く!ありがとう!」と、迷わず即答した。
だが、わたしには誘う友達もいなければ、母からは「塾で友達を作るな」と釘を刺されていた。しかも、休日に外出するときは、「いつ・どこへ・誰と・何をして・何時に帰る」を母に伝えて許可をもらわなければならなかった。そんな状況下で、「同じ塾に通っている子のステージを見るために、男子校の文化祭に行く」なんて言おうものなら、怒鳴られることは火を見るよりも明らかだった。
でも、彼のステージを見てみたい。
意を決して、わたしは母にお伺いを立ててみた。
「あの、今度の日曜日なんだけど…、外出をしたくて…」と、男子校の文化祭に行きたいと切り出した。すると、母は般若のような顔つきで、「どこの学校?!なんで男子校なんかに行くのよ!」と怒り出した。予想的中である。
だが、ここで怯んではいけないと思い、「クラスの友達から誘われたの。その子の友達が軽音部でステージやるから見においでよって言われて。ほら、わたし音楽好きじゃん?だからさ…」と、半分でっち上げの話を続けた。しかし、怒りがヒートアップした母は、「ありえない!断りなさい!てか、そんなふうに誘ってきた子は誰?今度、その子のお母さんに保護者会で会ったら注意するから!」と、とんでもない方向に話が飛んでしまった。これはまずいと思い、「ごめん、この誘いは断る!だから、保護者会で文句を言うのは絶対にやめて!クラスに居場所がなくなっちゃう!」と、必死に母を制止し、結局文化祭には行けなかった。
そんなこんなで、文化祭の翌週の木曜日は、塾に行くのが憂鬱だった。「絶対行く!」なんて言っておきながら、結局行かなかったのを知ったら、がっかりされるだろうな。なんで謝ったらいいんだろう。考えれば考えるほど、塾への足取りが重くなった。いつもは始業10分前には着席しているのに、その日は遅刻ギリギリになってしまった。
そうして授業を終え、そそくさと帰ろうとすると、「こないだの文化祭、来てくれた?」と、彼から声をかけられた。案の定だ。「ごめん、行けなかった…。本当にごめん」と、消え入りそうな声で謝った。すっかり小さくなっているわたしに、彼は「そっか、残念。ま、でも、来年も多分やるから。来年は絶対おいでよ」と、声をかけてくれた。
「ごめんね、絶対行くなんて言ってたのに。本当にごめん」とひたすら謝るわたしに、「…本当はすげー期待してた。ま、いいよ。また今度ね。」と、淡々と教室から立ち去ってしまった。
(怒ってるだろうな…。せっかく少し仲良くなれたのに、こうして友情は壊れていくんだな…。)と、悲しくなった。
それでも、翌週には何事もないように彼から挨拶をしてくれて、授業前後に雑談を交わす仲に戻っていた。さらに、冬季講習の帰り道には「マック行こうぜ」と、マックやロッテリアにも誘われるようになった。母の影に怯えながらも嬉しさが勝り、1時間だけ付き合うようになった。さらに、年が明けた頃にはメルアドも交換していて、気がつけば毎日メールをするようになっていた。彼の存在が日増しに大きくなっていくのを感じていた。来たるバレンタインには、チョコレートをプレゼントしたいと思うようになった。
そうして、2月10日頃、学校帰りにショッピングモールの催事場へ寄り道し、500円のメリチョコを買った。毎月3000円のお小遣いでは買えるものが限られていたのと、義理チョコに見えるものに留めておきたかったのだ。そのまま塾へ向かい、授業が終わった後、エレベーターの中で彼に声をかけた。
「ねぇ、これあげる」
彼は不思議そうにこちらを向いたが、中身がチョコレートだと分かると、エレベーターの外に漏れるほどの大きな声を上げた。
「ままままじで?これくれるの?うれしい!ありがと!」
「うん。いつも仲良くしてくれてありがとね」
「ほんとに?もらっていいの?」
「…うん。2月14日は塾の日じゃないから、先にあげるね。嫌だったらお姉さんか妹にあげていいから。じゃ帰る!」
こうして、数年分の勇気を振り絞ったわたしは、そのまま走って家まで帰った。家についても、動悸が止まらず、恥ずかしさで耳まで赤くなっていた。夜もドキドキがおさまらず、なかなか寝付けなかった。
そんなこんなで、彼と塾で会っても恥ずかしさで素っ気ない対応になってしまっていた。目が合うだけで、どうしていいのか分からなくなっていた。メールのやり取りもパタっとなくなり、ホワイトデー前後の週も、特に何事もなく過ぎ去ってしまった。
塾では平静を装いながらも、(ああ、やっぱり迷惑だったのかな…。お返しがないってそういうことだよね…。出過ぎたことをしてしまったのかも…。なんであんなことをしてしまったんだろう…。)と、自己嫌悪になっていた。
そんな悶々とした毎日を過ごしていたが、都内で桜が開花したとニュースになった日の朝、彼からメールが来た。「今日塾くるよね?終わったらちょっと時間ある?」と。そわそわしながら授業後に彼について行くと、塾から徒歩3分の場所にある公園に着いた。公園の端にあるベンチに微妙な距離を空けて腰をおろすと、彼は笑顔でこう言った。
「この前はありがとう」
「ううん、急にあんなことしてごめん…」
条件反射のように謝った。すると彼は、「なんで謝るの?すごくうれしかった。おれのほうこそ、お返しが遅くなってごめん」と、申し訳なさそうな様子でプレゼントを手渡してくれた。
「えっ…?」
戸惑いながら彼の目を見ると、「開けてみて」と促された。中には長方形の缶にびっしりとクッキーが入っていた。
「ありがとう、でもすごすぎて申し訳なくなってきた」
「先月のお返しと、3月末が誕生日って言ってたから、誕生日プレゼント的なものも兼ねて渡そうと思って」
「え、誕生日覚えててくれたの?ありがとう」
親以外から誕生日プレゼントを受け取るのが初めてだったわたしは、あまりの嬉しさに言葉が出なくなっていた。すると彼は小さな声で伏し目がちに言葉を付け加えた。
「えっと…、好き…です…。よかったら、付き合って、ほしいです…。」
思わず動揺した。小学校ではいじめられて不登校だったわたしだ。中学校でもクラスメイトから後ろ指をさされ、担任から目をつけられているわたしだ。家に帰っても、「あんたは何を考えているのかサッパリ分からない」と、親から呆れられているわたしだ。そんなわたしを受け入れてくれようとしている人が、目の前に現れた。
しかも、目の前にいる彼は、背が高くて端正な顔をしたイケメンだ。シャー芯をあげたら、倍の本数を返してくれる律儀な性格だ。そんな素敵な男の子が、わたしに好きと言ってくれた。
これは何かの間違いだ。わたしを好きだなんて、あるわけがない。パニックが止まらず、手足を震わせながら下を向いていると、彼は頬を真っ赤にしながら言葉を続けた。
「おれ、うるさい姉ちゃんとワガママな妹がいて、女子に苦手意識があって男子校に入ったんだ。でもさ、控えめだけど話すと面白くて、一緒にいて居心地のいい女の子だなって初めて思った。だから、好きです」
どうしよう、すごくうれしい。。でも、どうしよう、親にバレたら確実に退塾だ。。きっと、教室長や講師の大学生、ひいては目の前の彼に怒鳴り散らすのは、間違いない。。
そう思い、「ごめん、気持ちはうれしいけど、付き合うことはできない」と、きっぱりと伝えた。すると彼は、肩を落として茫然自失としていた。
「ごめん、ビックリさせたら謝る。でも、おれのこと、好きじゃないとか?付き合うのは早いとか?理由は知りたい」
「わたしも好きだけど、付き合うことはできない」
「なんで?」
好きなのに付き合えないと断る理由を訊かれているのは理解していても、それをどう説明すればいいのか分からなくなっていた。この歳になって親が反対するからとか、そんな主体性のない理由を説明することに恥ずかしさも感じていた。彼に誠実に説明したいけど、なんで言えばいいんだろう、これ以上傷つけたくないけど、どうすればいいんだろう。頭の中がぐちゃぐちゃになって、しまいには泣いていた。
そうして、しゃくり上げながら、結局は本当のことを全て話した。母が怖くて付き合えない、と。本当は文化祭も見に行きたかったけど、母から怒鳴られて行けなかったこと。塾では友達すら作るなと言われているのに、彼氏の存在が明るみになれば、退塾は間違いないこと。それだけならまだしも、彼氏のあなたにも危害が及ぶ可能性があること。それなのに、安易にチョコレートなんて渡してしまってごめんなさい、と。先を読まずに暴走してしまってごめんなさい、と。
泣きすぎて肩で呼吸しているわたしに、彼はわたしの顔を覗き込みながら「これ。使って」と、自分のハンカチを差し出してくれた。わたしが目元を拭っていると、「これ飲んで。そこの自販機で今買った」と、ミネラルウォーターも差し出してくれた。
彼がくれたミネラルウォーターを飲みながら呼吸を整えていると、耳を疑う言葉が彼から飛び出してきた。
「おれ、だいたい知ってるよ。お母さん、すげー怖い人だって。」
「え、なんで知ってるの?会ったことないでしょ」
「話したことないけど、見たことはあるよ。面談の帰りかなんかだと思うけど、教室長に『高い授業料を払ってるんだから、学年トップの成績まで引き上げてくださいね!』って、キレ気味に言ってるの見た」
「お母さん、そんなこと言ってたんだ…。恥ずかしいね…。」
バツの悪い顔をして話を聞いていると、彼はこう続けた。
「お母さんに内緒で付き合うのはだめ?電話しようなんて言わないし、デートだって放課後でいいよ。今までと何も変えなくていい。おれだって初めての彼女だし、こうあるべきなんてものも正直分かんないし。でも、お互いに好きなのに、付き合えないのは嫌だ」
泣き腫らした真っ赤な目で彼を見つめていると、彼は真剣な顔でこう言った。
「もう一回言う。好き。付き合って。」
「…わたしでよければ」
好きな人からもらう「好き」という言葉の威力って、こんなにも強いんだなと初めて感じた。視界の景色が一気にビビッドになり、心が弾んだ。
こうして、わたしに人生で初めての彼氏ができた。お互いに、人生で初めての気持ちを感じながら、まだ少し冷たい春風に吹かれながら、友達が恋人に変わることに少し戸惑いながら、その日は笑顔を押し殺しながら家路を急いだ。
(つづく)
【今日の一曲】
GLAY/春を愛する人
いろんな意味でこの曲が最適すぎてビビっている真夜中。続きは近々書きます。
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