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UK HipHopの歴史② |80's中期〜90's初期

みなさん、HipHop大好きですよね!
私も大好きです!
(↑毎回使う事にしました。)

初めに、HipHopがイギリスに波及した要因とHipHop文化がもたらした影響についてお話しします。

当時イギリスは人種差別の横行から
異なる人種化された音楽スタイル、支配的な形態によって人種間で特定の音楽ジャンルに偏る傾向にありました。そのためHipHopの文化は自己のアイデンティティを求めていた若者に浸透していきます。
(ここは抽象的に書きました。HipHopと人種差別について調べてください。現在に繋がるとても重要な話です。)

また、1980年代から特にロンドンの若者たちの間で NYってかっけー!NYのような街にしようぜ!という風潮が生まれます。すぐに壁や電車、地下鉄がグラフィティだらけになります。

アメリカのHipHop映画
「Wild Style」(1983年)「Beatstreet」(1984年)
の影響だと考えられます。90年代にはイギリスの交通警察にグラフィティ部門が発足したほどです。徹底的に規制を行い収束しましたが
近年、またグラフィティが急増しています。

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...可愛いですね

また、ドローンを使って電車の停車場所や時間を確認して計画的に行っているそうですよ。
(※助長しているわけではありません)

では、本題にはいります。

1980年代中期DavePearce,Tim Westwood,
John PeelなどのDJ、ラジオ、TVのパーソナリティが大衆向けにHipHopを発信していましたが、シーンは主にアンダーグラウンドでした。その中でも少なからず注目されていた楽曲があります。
The Rapologists「HipHop Beat」(1984年)と
Grandmaster Richie Rich「Don't Be Flash」(1985年)です。
Don't Be Flashには「当時このLPを持っていたけど中々手に入らなかったんだ、結局盗まれてしまったよ」とYouTubeにコメントがありました。

1980年代後半、日陰にいたUK HipHopシーンに
転機が訪れます。DJやプロのオーディオ機器の販売をしていたSimon Harrisが1986年に「Music of Life」という音楽レーベルを立ち上げます。最初はCerroneの「Supernature」などアメリカのアーティストをリリースさせていましたが、後に多くのUKラッパーが所属する英国初のHipHopレーベルへと成長しました。そこで1番影響力のあったラッパーがDerek Bです。

Derek Bは初め海賊ラジオ局やNYでWBLSという独自のラジオ局を作り活動していましたが、
その後Music of Lifeと契約します。
Derek Bの最も売れた曲「Goodgroove」と
「Bad Young Brother」(共に1988年)をお聴きください。

Goodgrooveは横山真一郎の「Do It Again」(1992年)でサンプリングされています。URLは寺田創一になっていますが、海外の方からの熱いコメントが沢山あるのでこちらを載せました。
(Do It Againのオリジナルプロデューサーは横山さんです。)

そしてGoodgrooveとBad Young BrotherのヒットによりDerek Bは、BBC Top of The Popに選ばれた最初のラッパーとなりました。イギリスで初めて商業的に売れたラッパーと称しても過言ではありません。ですが、Derek Bはアメリカのアクセントを使っていたことで次第に批判されるようになります。

アクセントなどラップスタイルはイギリスの人種的背景、多文化的形態によって変化していきました。UK rapは最初ジャマイカのレゲエが主流でした。Peter King 「Rewind,Jack It Up」(1985年)やSmiley Culture「Police Officer」(1984年)は
イギリスの音楽史に大きな影響を与えたMCです。
その後、rap(HipHop)はレゲエから離れ、Derek Bのように模倣したアメリカのアクセントでrapするようになります。1990年以前までアメリカのアクセントは支持されていました。
ですが、"イギリス独自のアクセントでなければイギリスの聴衆に響かない、アメリカの模倣ではイギリスの文化は発展しない"と気づいたラッパーがいました。
それがLondon PosseのメンバーRodney Pです。

London Posse
「How's Life in London」(1993年)

London Posseは Audio Dynamiteのツアーサポートのために結成されました。
ジャマイカからのレゲエ、ダブ、ダンスの要素やN.W.AやMarvin Gayeに影響を受けています。

YouTubeに載っているドキュメンタリーです。
当時のUK HipHopの雰囲気が伺えます。

Rodney P & DJ Mek「Murderer Style」(2001年)

Rodney PはLondon Posse時代からアメリカのアクセント、レゲエを拒否するHipHopを展開していきます。ジャマイカとロンドンのストリートスラングを用いてrapしています。アーティストとしてのキャリアだけでなくTV司会者をやっている影響力、彼には惹きつけられる魅力が沢山詰まっています。ソロでは、アルバム2枚 シングル14曲を発表しているので、是非チェックしてくださいね。

Rodney P feat.The People's Army&Mighty Moe「Live up」(2011年)

(おまけです。これは2011年と最近のMVですが、本当にカッコよくて何回も見てしまいます。私も混ざりたいです。)

90年代初期までのUK HipHopシーンはエネルギーで満ち溢れていましたが、自己のアイデンティティを音楽で示すのに苦労した時期でもありました。他にもHijack,Silver Bullet, Cavemanなど様々な文化を取り入れながら試行錯誤していたラッパー達が沢山います。

次回は、〜90's初期に活躍したラッパー10選
として上記のアーティストをまとめて紹介したいと思います。



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