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空洞 第1話

こんばんは。週末です。
リクエストを受けたので、パソコンの奥に眠っていた書きかけの小説を公開します。

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「空洞」

西日に照らされた遠くのビル群を見ながら、汐(しお)は煙草とジッポを取り出し、物憂げな表情を浮かべた。あのビルの中には人が詰まっていて、その全員が朝から晩まで忙しなく働いているなんて、嘘みたいだ。

汐はいつも、歩くのが遅い。しかも途中で缶コーヒーを買ったり野良猫に話しかけたりするものだから、誰がどう見ても呑気だ。
商店街にある弁当屋のおばちゃんに、駅前に溜まっている高校生に、公園で寝泊まりしているホームレスにまで、
「汐ちゃんはお気楽でいいねえ」
と言われる始末だった。気ままで居るのも大変だよー?、と汐はへらっと笑う。
この町の人は、世話好きで人情味があって、温かい。他の町から漂流してきたような、職業不詳の女にも、温かい。

カラカラカラ、とベランダの戸を開けて、若い男が顔を出す。
「シオリさん、ご飯とかなんか作りましょうか?そんな上手くないけど頑張りますよ!」
んー、とか、うーん、とか、適当な呻き声を出す。外の眩しさに思わず眉をひそめた男を見て、こんな顔だったっけ、とぼんやり思いながら、煙草の火を消した。

汐は少しだけ目が悪い。一度寝たくらいじゃ、顔は覚えられない。



雄太はとても舞い上がっていた。
陰気な自分を変えたくて、明るく染めた髪。始めた居酒屋バイト。ほぼ飲みサーと化したテニスのインカレサークル。
居酒屋で吐くまで飲んだり、自分に気のありそうな女の子となるべく自然に、仲良くなってみたりもした。その子とは、三か月ほど付き合って「雄太くんって、よく分かんないや」と振られた。具体的には、一人で「九〇年代名映画フルマラソン」を四日かけて行なっていた――1人で好きな映画を何本も観ながら笑って泣いてを狂ったように繰り返していた――ら、別れのメッセージが届いていた。雄太が独り身になったことに気がついたのは、一晩と十五時間経ってからだった。
高校生の頃に憧れた“青春(らしきもの)“に、雄太は一年で完全に飽きた。

春休みに入ってから、髪を黒髪に戻した。居酒屋のバイトは映画館でのバイトに切り替えた。時給は落ちたし稼ぎも減ったが、交際費の0が一つ減っていたので問題はなかった。バイト代と今までのお年玉の貯金、持て余した時間は、映画鑑賞と読書に費やした。有意義だった。

そんな生活を一ヶ月半ほど続けた頃、雄太がTwitterにアップしていた映画の感想や小説の書評に、初めて「いいね」をくれたのが「シオリ」さんだった。
シオリは「猫」「駅」「ゴミ箱」「空」「天井」などの単語と、それが映った写真しか投稿していなかった。
だが、「煙草」というツイートと共にアップされた写真には、夕日に照らされながら煙草を吸う、美しい女の人が映っていた。細身、茶色く透けたサラサラの髪、反射して光の筋を作るピアスと、大きな目に薄い唇。

自分、めっちゃキモいかも、と思いながら、雄太はその画像を五回保存した。

その後、ダイレクトメッセージでシオリさんと映画について何度もやり取りした。「どこ出身ですか?」とか「何のお仕事されてるんですか?」とか、そういうプライベートな内容には返信がこない。が、映画については短いながらも的確なレビューが返ってきた。返信の時間はマチマチだったが、雄太はシオリからのメッセージを常に待ちわびていた。

2分前にシオリが投稿した写真の風景――今回は「公園」だった――が大学の友達の住んでいる町だと分かったとき、すぐに電車に乗って走った。雄太は電車に乗っている間、もう名前すら思い出せない友達の存在に本気で感謝した。
その町に家を借りてくれて、俺を招くくらいには一時期親しくしてくれて、本当にありがとう。今度会ったら学食を奢らせてほしい。理由とか上手く言えないし何て声かけたらいいかも分からないけれど、本当に。

公園に着いてから、雄太は周囲を見渡してシオリらしき人の姿が見えないことに心底悲しんだ。運動不足で鋭く痛む脇腹を抑えながら、Twitterの画面を開く。
『今僕、〇〇公園に居るんです。シオリさん、まだこの辺りにいますか?良ければ会いませんか?』
送信して、公園のベンチに座った。さっきのメッセージキモかったかも、あ、ここにシオリさん座ったかな、とか、朦朧とした頭でまとまりのないことを考えた。
携帯の通知が鳴る。雄太は慌てて携帯の通知画面を見た。

『スポドリ、いる?』

少し離れた位置の自動販売機から、ガコン、という鈍い音が響いた。
振り向くと、スポドリを持ったシオリがこっちを向いてはにかんでいた。

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一話終わりです。
長々と、読んでくれてありがとう。
続きは気が向いたら書きます。

それか、私の好きな人に倣って、続きは書かないでおこうかな。

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