ゴルフスイングのキネマティックシーケンスについての解説
ゴルフスイングに関する解説でよく耳にする「キネマティックシーケンス」という言葉を皆さんはご存知ですか?スイングの効率性や総合的なパフォーマンスの向上を目指すなら知っておきたい重要な要素の1つと言えます。
この記事では、キネマティックシーケンスについて詳しく説明し、その重要性、メリット、および一般的な誤解について解説します。
※2年前にアメリカで受講したいくつかのスポーツバイオメカニクスの講義の内容をメインに、その他学んだことなどを合わせて書いています。平均のデータは、Dr Kwonが提供したプロやハンデ5以下のエリート男性ゴルファー66人のデータです。
キネマティックシーケンスとは?
ゴルフスイングのキネマティックシーケンスは、身体の各部位や関節の動きが時間とともにどのように変化するか、どの順序で速度や角速度が発生するかを分析し、運動の効率性やパフォーマンスを最適化するために使用されています。
簡単に言えば「動きの流れ」に着目した考えで、適切な動きの流れが、体の近位から遠位へ効率の良いエネルギー伝達を作り出すというものです。
プロやコーチだけでなく、アマチュアでもこのアプローチを理解できると、より一貫性のあるスイングを実現することができます。
メインポイント
キネマティックシーケンスでは、抑えておきたいポイントが3つあります。
①Summation of Speed (速度の合算):
キネマティックシーケンスでは、身体の各部位や関節における速度の合計が重要な要素です。
人間の体は多くの関節を持っていますが、これらの関節(肩、肘、腰、膝など)は連携して動作します。各関節を連動させ角速度を増加させることで、エンドポイントであるクラブヘッドの線形速度または角速度を最大限にしています。この合計速度が高ければ、ボールに多くのエネルギーが伝達され飛距離や速度が向上するため、関節ごとの適切な動きと連携がキネマティックシーケンスの成功に欠かせないのです。
また、この原則はゴルフだけにとどまらず、その他スポーツや運動のパフォーマンスを最適化する際に重要な役割を果たします。
②Originally from Throwing/Striking Movements (起源は野球から):
キネマティックシーケンスのコンセプトは、元々野球の投球やバッティングの動作から派生しました。投球やバッティングでは適切な身体の動きやシーケンスが重要であり、これがゴルフにおいても応用されたという訳です。これは運動学的な原則は、異なるスポーツであっても適用できるためです。
③Proximal-to-Distal Sequential Onsets of Linear/Angular Velocity Peaks (近位から遠位への連続的な線形/角速度ピークの開始):
キネマティックシーケンスでは、速度ピークが身体の近位(中心に近い部位)から遠位(中心から遠い部位)に向けて連続的に発生することが重要です。身体の中心部であるコアから▶︎肩や腰などの近位部位▶︎そしてクラブヘッドなどの遠位部位へ速度を効果的に伝えたいのです。
コンセプト
①角速度タイムプロット
キネマティックシーケンスでは、回転に焦点を当てた「角速度タイムプロット」を使用して、特定の身体部位やクラブの角速度が時間とともにどのように変化するかを分析します。
似た表現に角位置がありますが、これは物体の回転の特定の位置を示すもので、腰の回転度数などがそれに当たります。
②体からクラブへのエネルギー移動:
これは、ゴルフスイング中に体の動きからクラブへエネルギーを効果的に伝達するプロセスを指します。ダウンスイングの開始段階では、下半身(特に脚と腰)が体の回転と共にエネルギーを蓄積します。その後、この蓄積されたエネルギーは適切なタイミングで解放され、クラブヘッドに伝達されます。エネルギー移動が効果的であれば、クラブヘッドに十分なスピードと力が与えられるため、ボールを飛ばすことができます。
③適切なタイミングでのクラブヘッドリリース:
ダウンスイング中、クラブヘッドを早くリリースしすぎると、ショットは制御不能になり、方向性が悪くなる可能性が高いです。適切なタイミングでクラブをリリースできると、ヘッドを正確にインパクトさせることができます。これは、下半身の回転と連動して行われるので、適切なタイミングでクラブヘッドを加速させることが重要です。リリースのタイミングが改善されると、ショットの制御性と飛距離を向上させることができます。
キネマティックシーケンスに着目するメリットを5つ
1. スイングの効率向上
キネマティックシーケンスを理解することで、身体の各部位がどのように連携して動き、どのタイミングでエネルギーを伝えるかを把握できます。スイングをより効率的に行うための洞察が得られるため、クラブヘッドスピードやボールコントロールの向上につながります。
2. 飛距離の向上
正確なキネマティックシーケンスを理解し追求することで、クラブヘッドスピードを最大化できる可能性が高まります。体の動きとクラブの動きが調和し、エネルギー伝達が効果的に行われるためです。
3. ショット制御の向上
スイングの正確性と一貫性が向上すると、方向性の制御とボールの着地点を予測しやすくなるので、スコアの改善にもつながります。
4. ケガの予防
適切な動きの流れを学ぶことで、スイング中の不適切な動きや体への負担を特定でき、結果としてケガの予防に役立ちます。適切な身体の動きとバランスを保ったスイングでゴルフを長く楽しむことができるでしょう。
5. パフォーマンスの一貫性
キネマティックシーケンスをマスターすることは、ゴルファーが様々な状況で一貫したパフォーマンスを維持するのに役立ちます。気候やコース条件が変化しても、正確なスイングメカニクスを維持できるようになります。
角位置のシーケンスとは?
まず体を腰・肩・腕・クラブの4つのセグメントに分けて考えます。それぞれの角位置がピークに達するポジションと順番は以下の通り。
ピーク(各セグメントの角度が最大になる位置)
P3.75:腰 - 45°
P3.8:肩 - 95°
P3.9: 腕 - 160°
P4:クラブ - 275°
0(各セグメントの角度がアドレスの状態に戻る位置)
P5:腰 - 2°
P6:肩 - 10°
P6.9:腕 - 7°
P7:クラブ - 2°
角速度ピークの順番とは?
※角速度のピークに関するデータはDr. Kwonの研究内容で、彼はスイングをバックスイング、切り返し、ダウンスイングの3つのセグメントに分割しています。バックスイングとダウンスイングは部分的なシーケンスであり、厳密な近位から遠位への順序で発生しませんが、切り返しでは、近位から遠位へ厳密な順序で発生します。
4つの各セグメントの角速度がピークに達するポジションと順番は以下の通り。
バックスイング
P2: 腰・肩
↓ 0.1秒後
P2.7: 腕
↓ 0.04秒後
P2.9: クラブ
バックスイングでは、肩と腰が10ms以内でピークに達しますが、アドレスの静の状態からスイングを始動するので、ここですぐに肩と腰の分離したシーケンスを作ることは難しいです。肩腰から少し間をおいて腕、そしてクラブがピークに達します。
切り返し
腰の回転が終了した位置からトップまでのタイムスロットで、角速度が0になり切り返していきます。(腰の回転が最大=トップではありません、クラブが下降し始める直前がトップです)
腰
↓ 0.04秒後
肩
↓ 0.02秒後
腕
↓ 0.01秒後
クラブ
切り返しのシーケンスは腰の回転が終了し、バックスイングのトップに移行する段階で発生します。良い切り返しには約100msかかり、速いタイプのプレーヤーで60-70msかかります。ただし、これはプレイヤーによって異なり、コンパクトなトップのプレイヤーには40ms未満の人もいます。
ダウンスイング
腰・肩:P5.3
↓ 0.01秒後
腕:P5.5
↓ 0.7秒後
クラブ:P6.9
ダウンスイングでは、腰、肩、および腕が10ms以内でピークに達します。この段階も完全なシーケンスではなく部分的なシーケンスが見られます。腰肩と腕の角速度ピークからインパクトまでの減速はクラブヘッドスピードと相関しており、減速が起きるタイミングが速いほどクラブヘッドスピードも速くなります。つまり、ダウンスイングでピークの角速度が早く発生することが重要です。このピークは通常、早期ダウンスイング、つまりシャフトが地面と垂直になる瞬間の前後で発生します。
ポイント
シークエンスでは角速度のピークに達する順番に意味があるので、それぞれの間合いを無理に伸ばしたり、別々に時間を置いて回転させてもヘッドスピードは上がりません。
男性のエリートゴルファーのスイング開始からインパクトまでの平均速度は1045ミリ秒です。遅いゴルファーで1600ミリ秒、速いと800ミリ秒になります。バックスイングが遅いと、ダウンスイングでヘッドを加速するエネルギーが足りず、トルクを急速に増加させるために筋肉は同心収縮するのでヘッドスピードは上がりません。
以上の角位置・角速度データはDrクォンらの「Association between the On-Plane Angular Motions of the Axle-Chain System and Clubhead Speed in Skilled Male Golfers」から引用しています。
また、余談ですがゴルフ界で有名なバイオメカにストであるDr Phill CheethamとDr Greg Roseによる「Comparison of Kinematic Sequence Parameters between Amateur and Professional Golfers」では、「ダウンスイングにおいて最良のエネルギー伝達と最大のクラブヘッドスピードを実現するために、近位から遠位へのシーケンシング理論(the theory of proximal to distal sequencing by Putnam、1993)では、ゴルファーのキネマティックシーケンスにいくつかの属性が明確に現れる必要があるとしています。すべてのセグメントはインパクト前に加速し、減速する必要があり、ピークの順序は骨盤、胸部、腕、クラブであるべきで、各ピークは前のピークよりも大きく、遅くなるべきです。」と記されているため、ダウンスイングでは腰と肩の角速度のピークがほぼ同時に起こるとしているDr Kwonとは少し異なり面白いです。
計測する機器の違いもあるし、よくあるやつですね。バイメカ博士の間でもテーマによって色々意見が割れてて面白いです。
ダウンスイングで各セグメントの角速度がピークを迎えた後、減速する理由
ダウンスイングでは、体のさまざまな部位の角速度がピークを迎えるのは、P5とP6の間のシャフトが地面と垂直になるポジションです。そしてその後、インパクトへ向けて角速度は減速していきます。これは、インパクトに向けクラブを十分に加速するために必要な時間を確保するためです。
ゴルファーは、ダウンスイングの過程でまず身体全体を加速させます。そしてP6の前に角速度のピークを持ってくることで、インパクトに向けクラブを加速できるだけの必要なエネルギーと速度を蓄積することができます。
このため、腰と肩、腕などの身体の各部位が連動して、非常に短い時間枠(約10ミリ秒)で順番に角速度はピークを迎えます。この連動した速度伝達が、クラブヘッドを加速させる重要な要素となります。
しかしながら、これは自動的に起こるものではありません。ゴルファーは、スイングの構造、タイミング、連動などを意識的に調整し、クラブに十分な速度とエネルギーを与える必要があります。
覚えておきたいのは、ダウンスイングでは角速度がピークを迎えた後にインパクトを迎える。そしてピークはP6の前であること。この適切なタイミングでの減速がクラブヘッドの加速に寄与することです。
MOIが小さい方がヘッドスピードが速くなるのはなぜ?
MOI(慣性モーメント)が小さい方がクラブヘッドスピードが速くなる理由は、物体の回転運動において慣性モーメントが小さいほど、同じ力をかけたとき回転がより速く加速するからです。
まず、慣性モーメントは物体の回転に対する抵抗を示す物理学的な量です。物体の形状、質量分布、質量の配置によって決まりますが、このMOIが大きいほど、同じ力をかけても回転が遅く、MOIが小さいほど回転が速くなります。
ゴルフスイングにおいて、クラブヘッドスピードを最大化するためには、ダウンスイングの際にクラブヘッドを速く加速する必要があります。クラブヘッドを速く加速させるためには、MOIを最小限に抑えることが重要です。
クラブヘッドと身体の距離
トップからダウンスイングへ移行する切り返しでは、クラブヘッドが身体に近づきます。この手首の動きでダウンスイング中のMOIを最小化することができます。切り返しである程度のタメ(ラグ)を作れると、クラブヘッドと身体の一体感が高まりMOIが小さくなります。
ここでのポイントは、切り返しでMOIを最小限に保つスキルを身につければ、クラブヘッドスピードを最大化できるということです。しかしながら、切り返しでクラブヘッドを身体へ近づけられても、適切なタイミングでクラブをリリースしなければ効果は高まりません。目安として、コッキングがMAXになるのはP4.75で、アドレスで作ったコッキングの量に戻ってくるのは、インパクトの直後と言われています。
キネマティックシーケンスが着目されている他のスポーツは?
ゴルフの他にも、様々なスポーツでキネマティックシーケンスが重要視されています。これらのスポーツの練習や指導では、キネマティックシーケンスを最適化することで、パフォーマンスの向上、怪我の予防、テクニックの向上を目指しています。
野球:野球のピッチャーやバッターは、キネマティックシーケンスを最適化して投球速度を向上させたり、ボールを正確に打つ能力を高めたりします。特に、投球時の腕と体の連動やバッティングスイングのシーケンスが重要です。
テニス:フォアハンドやバックハンドにおいてキネマティックシーケンスを使用してボールを制御し、スピードを出すための適切な動きとタイミングを確立することができます。
野球の送球: 野手は、ボールを正確に送球するためにキネマティックシーケンスを使用し、ボールをキャッチしてから素早く正確に投げる能力を向上させることができます。
バスケットボール:シュートやパスの際にキネマティックシーケンスを適用して、正確さと効率を高め、シュート成功率やパスの精度を向上させることができます。
キネマティックシーケンスのよくある誤った考え
最後に、キネマティックシーケンスに関する一般的な誤解について紹介します。
完璧なシーケンスの追求:
1人のプレーヤーの例を目標にしてキネマティックシーケンスを完璧に合わせようとすること。実際のスイングでは、個々の身体の特性や柔軟性によって適切なシーケンスが異なるため、必ずしもすべてのプレーヤーに同じスイングが適しているわけではありません。また動画のみを参考にすると、画角によって見え方が変わるので注意が必要です。ヘッドスピードとキネマティックシーケンス:
キネマティックシーケンスが整っていないとクラブを速く振れないと考える人もいます。速く振ることも重要ですが、スイングのコントロール、バランス、正確性も同様に重要です。キネマティックシーケンスは、速さだけでなくこれらの要素をトータルで評価するものです。下半身から上半身へのシーケンスの固定概念:
ゴルフスイングは下半身から始まり、上半身へと連動する流れを厳格に守るべきだと考える人がいます。しかし、実際には個々のゴルファーに合った最適なシーケンスがあり、これに固執することは必ずしも適切ではありません。また、自己感覚と実際のスイングには乖離があるので、それも加味する必要があり注意が必要です。Xファクターストレッチの増加:
キネマティックシーケンスでは、Xファクターがセットで議論されますが、Xファクターストレッチを大きくしても必ずしもヘッドスピードが速くなるわけではありません。(むしろ負の相関関係にあるとされています)
キネマティックシーケンスでは、個別のプレーヤーに合ったアプローチを理解し、トレーニングや調整を行う必要があります。プレーヤー固有のニーズに焦点を当てて取り組むことが重要です。ゴルフコーチや専門家のアドバイスを受けるのが確実で手っ取り早いですが、YouTube動画などでも学べると思います。
まとめ
キネマティックシーケンスは、ゴルフスイングの最適化において非常に重要な要素であり、効率性、制御、パフォーマンスの向上に寄与します。キネマティックシーケンスを理解し、活用できれば、より一貫性のあるゴルフスイングを手にできるはずです。
しかし、世界のトッププロだから必ず効率的なキネマティックシーケンスを持っているわけではありませんし、逆に効率的なキネマティックシーケンスを持っていなければトッププロになれない訳ではありません。キネマティックシーケンスは単に速度とパワーを効率的に生成する方法を測定しているだけなので、効率的なスイングを持たなくても、その他ショートゲームなどの分野で武器があればいいんです。
ですので、ほどほどに楽しめる程度に探求することをおすすめします。
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