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すべてはネギから始まった

「オタクはオタクになると、オタクになる以前の記憶を失う」

インターネットやサブカルチャーに造詣の深い方なら、この衝撃的な一文をどこかしらで目にしたことがあるかもしれない。

何か大好きなジャンルに人生を狂わせている人たち、いわゆるオタクは、一度何かにどハマりして人生激変してしまうと、それ以前どうやって生活していたのか思い出しにくくなる、という「オタクあるある」をちょっと極端に表現したこの一文。

私もオタクに分類される人間の一人だが、「オタクはオタクになると、オタクになる以前の記憶を失う」というのはものすごく的を射た表現だなと感じる。
私は「ある特定のジャンルに人生捧げているタイプのオタク」というわけではないけれど、確かに言われてみれば「自分はオタクだ」と自覚する以前の記憶はあまりない。

でも、一つだけはっきりと覚えている、オタクになる以前の記憶がある。

私がオタクになる以前のほぼ唯一と言っていい記憶であり、私がオタクになる土台を、つまり今の自分の土台を確実に作った記憶。

それは、国民的人気アニメ「アンパンマン」にまつわる記憶だ。


皆さんは、「ネギーおじさん」というアンパンマンに登場するキャラクターをご存知だろうか?

長ネギを入れたカゴを背負って行商をしている、ちょっとくたびれた服を着た、すらりと長身の(長ネギがモチーフなのでそれはそう)おじさん。

いつも半笑いみたいな頼りない喋り方をするし、ドジをしてヘラヘラ笑っているし、ばいきんまんに攻撃されてもなすすべなくネギを捨てて逃げ出してしまう、しょぼいおじさんとして描かれている。

しかし、そんな彼には誰にもいえない裏の顔がある。
彼は人知れず「ナガネギマン」としてヒーロー活動もしているのだ。

ばいきんまんに攻撃されてネギーおじさん逃亡

どこからともなくナガネギマンが現れる

あれは誰だ?!とアンパンマンたち困惑

目にも止まらぬ速さで華麗にレイピアを操るナガネギマン、見事ばいきんまんたちを追払い、ばいきんまんのUFOに「N」の切り傷をつけて去っていく

…という一連の流れが、幼稚園時代の私は大好きで、彼が登場する回は漠然と「当たり回」だと思っていた。


ある日、私はいつものようにアンパンマンのビデオを見ていた。
いろいろな仲間たちが出てくるオープニング映像を見て胸を弾ませ、今日は誰がメインの回かな?とワクワクしていた。

オープニングが終わって出てきたタイトルは、
「あかちゃんまんとネギーおじさん」。
ネギーおじさんのメイン回だ!!
私は前のめりになった。

…その回、残念ながらタイトルの記憶が違っていたようで、ググっても今は出てこないのだが、内容は次のような感じだった。

あかちゃんまんが、カバオくんなどいつもの友達たちとピクニックか何かをしている

ネギーおじさんが通りすがる

ピクニックを羨ましがった(?)ばいきんまん襲来

あかちゃんまん、何らかの理由でいつもの力が出ず、ばいきんまんに捕まる

ネギーおじさん逃亡

カバオくんたち、逃げるおじさんを見て「え?!逃げちゃうの〜?!」的な感じになる

ナガネギマン登場、万事解決

ネギーおじさん再登場、カバオくんたち「怖かったよ〜おじさんなんで逃げちゃったんだよ〜」的な感じになる

あかちゃんまんだけはネギーおじさんから何かを感じ取り、ネギーおじさんに超なつく

めでたし。



「ネギーおじさんの優しさがあかちゃんまんに伝わっとる!!!」


その事実は当時幼稚園生だった私の心を打った。
ネギーおじさんは正体を隠しているから、みんなには弱いと思われているけど、あかちゃんまんはおじさんが強いってわかったんだ!!
なんでかわからないけど!

我ながら幼稚園生にしてはすごい理解力だと思うし、人に話すと後付けだと思われがちだが、この時のことはすごく覚えている。

普段はしょぼいおじさんなのに、実はこんなに強いなんてカッコ良すぎる!!という感じで、二面性のある「能ある鷹は爪を隠す」的キャラクターに心を射抜かれた。
その後は幼稚園でネギーおじさんのなりきり遊びをしてしまうくらい痺れていた。
(キャラのチョイスが渋すぎたのか、友達には誰も相手してもらえなかったけど)

来る日も来る日もネギーおじさんのことを考え、ネギーおじさんになりたいとまで思った。
ネギーおじさんとナガネギマンのソフビ人形と、一緒にお風呂にも入ったこともある(好きすぎるだろ)。

「マスオさんとジャムおじさんは声が一緒なんだよ」と、ある日突然母から衝撃の事実を伝えられて「声優」という職業を知ってからは、「ネギーおじさんって声もかっこよくね?」と思うようになった。
それもそのはず、ネギーおじさんの声優はあの大塚明夫さんなのだ。
もちろん当時は名前など知らなかったけど、ネギーおじさんの声にも注目するようになって、私はますます彼のことが好きになった。


そう。
ネギーおじさんこそ、私の人生で初めての「推しキャラクター」だ。
私のオタク人生を始めたのは、他でもないネギーおじさんなのだ。

ネギーおじさんの記憶こそ、私が現時点で思い出せる、オタクになる以前のほぼ唯一と言っていい記憶。

「オタクになった瞬間の記憶」。

世界広しといえども、この世界に生まれた瞬間の記憶を持っている人はきっといない。
私だって生まれた瞬間の記憶なんでかけらもないが、「オタクとして生きる今の自分がこの世界に生まれた瞬間の記憶」は持っている。

これって地味にすごいことなのでは?と、私はこのことを結構誇りに思っている。

オタクなことが原因でいじめられた過去もあるけれど、「自分のアイデンティティが明確に形を持った瞬間」の記憶があるって、すごくないか?と思うと、不思議と勇気が湧いてくる。

私はオタクだし、陰の者だし、なんというかスクールカースト的なアレでいえば底辺も超えて地下労働者みたいなもんだけど、「オタク」というはっきりとしたアイデンティティを一つ持っていることは誇りに思う。

…だんだん何を言っているのかわからなくなってきたが、とりあえず言いたいのは、私のすべてはネギーおじさんから始まったということだ。

ありがとう、ネギーおじさん。
ありがとう、大塚明夫さん。
ありがとう、やなせたかし先生。

あなたたちのおかげで、私は人生楽しいです。

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