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『感動』はどこからくるのか


私は人生において「感動」はとても重要な要素だと考えています。

感動をしなくなったら人は死ぬとさえ思っています。

では、感動の正体とはなんなのでしょう?

この記事では私の考える感動の正体や感動をするためにはどんな行動が必要なのかを書いていきます。

感動の正体


私の考える感動とは「言語化できない心のゆらぎ」だと考えています。

早速正体といいつつ抽象的な言葉になっているのは目をつぶっていただきたい。

しかし私の考える感動とはそのようなもので、到底言語化できないものだと思っている。

例えば旅行先で絶景見たとしよう。
「空の青色が見たことがないくらい綺麗」や「建物が100mもあり迫力に圧倒された」などその景色を形容する言葉はいくらでも出てくると思う。

だがそれで全てなのだろうか?

果たして言葉だけで自分の感じた全ての感動を表せるのだろうか?

私は不可能だと思っている。

それには感動するまでのプロセス、過程があるからだ。

感動までのプロセスとは「心がその行動を決めたとき」から始まっている。


例えば旅行だとパンフレットを手にしたときや、CMを見ていきたいと感じたときがその始まりである。

そこから「お金を貯めるためにバイトを頑張ろう」とか「いつ有休を取ろう」とか考え始めて、最終的にはゴールである旅行に行き着くのだ。
そういった条件は人によって違い、全く同じものは存在しない。

なので100%の共感なんてできるはずもないのだ。

私はそういったプロセスを含め、人は感動するのだと私は考えるので、到底言語化できるのもではないと思っている。


ではどうやって感動を受信すれば良いのだろうか?

感動を100%受信するのは不可能だと思うが、ある要素を組み合わせれば50%〜80%くらいなら可能だと考えている。

その要素とは「五感」である
例えば人間の80%の情報は「視覚」で認知していると言われている。

これは全く同じ脳・視力を持った人間が情報共有をすれば80%の情報伝達は可能であるといえる。
だが現実問題そんなことはありえないので80%の全ては伝えきれないだろう。

しかしプラスして、聴覚、味覚、感覚、触覚のすべてを受信できれば相手の感じた情報を十分に共有することができる。

もし本当に発信者の感じた感動を知りたければ、過程・環境を調べるとより相手の感じた感動を受信することができる。


今回書いた感動の正体についてはこれからもさまざまな角度から考察していきたいと思う。
ぜひ参考になりそうな書籍等があったらコメントに書いていただけると幸いです。

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