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ウェーバー:ピアノ、フルートとチェロのための三重奏曲 ト短調 Op.63

だいぶ昔に書いた解説原稿に手を入れてみました

ピアノ、フルートとチェロのための三重奏曲 ト短調 Op.63 [1818-9]



 ドイツ・ロマン派オペラのパイオニア、カルル・マリア・フォン・ウェーバーの作品と言えば、まず代表作である歌劇「魔弾の射手」、そしてベルリオーズのオーケストラへの編曲でも有名なピアノ曲「舞踏への勧誘」、そして....。 一般的な認識はここまでです。しかも「魔弾の射手」は大抵序曲だけです。「舞踏への勧誘」にしても非常にポピュラーなレパートリーであるにも関わらず、実演に接する機会はそうありませんし、実はCDの数もそんなに多くない...。実はピアノソナタも凄い曲でリストも愛奏していました。名前だけは有名ですが、「実際にはあまり知られていない作曲家」の一人だといって過言ではないでしょう。彼の波乱万丈な生涯についても通常は全く知られていません。彼の音楽史的な位置づけにしても一般的な認識はかなり曖昧なことが多いのです。彼は一応、ロマン派に属する作曲家ということに一応なっていますが私たちが見落としがちなのはウェーバーが亡くなったのは1826年、ベートーヴェンが亡くなった1年前にすぎないということです。1828年に亡くなったシューベルトについても全く同様です。つまり、若くして亡くなったウェーバーとシューベルトの短い音楽活動期間はベートーヴェンの後期と完全に重なっているということです。いわば、彼らは完全に時代の境界線上(グラデーション上)に位置すると言っていいのですが、それが彼らの作品(とりわけシューベルトの初期作品やウェーバーの器楽作品など)を演奏したり鑑賞したりする場合、ある種のネックになっている場合も多いように感じられます。古典派の様式にしっかり乗っ取っているわけでもないし、シューマンやショパン、リストのように純粋にロマン的でもない、その独特な在り方。それらの作品は、古典派的な要素とロマン派的な要素が絶えず入れ替わっていきます。フォルカー・シェルリースはこの点について以下のように述べています。

「ウェーバーの作品の本当の魅力は、『いまだに』と『すでに』がどのように混ざりあっているかというまさにその点において宿っているのである。」

この「いまだに」と「すべて」のスリリングな混在・或いは混乱をもっと積極的に楽しめるようになるといいなあと思います。

 ウェーバーの室内楽曲は数は多くありませんが、どれも非常におもしろい作品です。今夜演奏する三重奏曲 ト短調は、クラリネット五重奏曲と並んで録音される機会も少なくないのですが、なぜかすぐに廃盤になってしまうことが多く、CD屋さんでこの作品を見つけるのはなかなか難しいようです。しかし、とても親しみやすい作品なのでフルート奏者は比較的好んで取り上げます。フルートの室内楽のレパートリーとしては屈指のものです。ウェーバーの器楽曲の中では演奏の機会には比較的恵まれている作品といっていいでしょう。この作品は「羊飼いの嘆き」と題された第3楽章が独立した作品としてまず成立し、現行の全4楽章の作品として完成したのが1819年になります。この時期はちょうどウェーバーの代表作である歌劇「魔弾の射手」の作曲時期と重なっているため、オペラの中の楽想に似たものが三重奏曲の中にいくつも見られます。「魔弾の射手」をご存知の方にはそういう面でも楽しい曲だと思います。音楽の内容は異様なほどロマンティックで劇的だったり、胸をつかれるほど哀切だったり、ハイドンやモーツァルトのように明朗だったり、バッハのようにアカデミックだったり、とにかく一ヶ所にとどまっていることがありません。まったく油断のならない音楽です。めまぐるしいばかりの場面転換は、まるで舞台の情景を見ているようです。

ところで、

おれはウェーバーのピアノ四重奏曲がとても好きだが、これまたあまり取り上げられることがなく、残念...そしてまたウェーバーのあまりにも素晴らしすぎるピアノソナタの不当なまでのポピュラリティの低さ....(-_-;)

コンツェルトシュトゥックなんて、昔はもう少し演奏機会が多かったような気がするな〜

もっと演奏されますように!(祈)

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